脊椎麻酔下で行われた外科手術に関連した真菌性髄膜炎が疑われるアウトブレイク-米国およびメキシコ

Disease outbreak news 2023年6月1日

発生状況一覧

2023年5月11日、アメリカ合衆国(以下、「米国」という。)疾病管理予防センター(USCDC)(以下、「米国CDC」という。)は、メキシコ合衆国(以下、「メキシコ」という。)疫学総局(DGE)に対し、米国における中枢神経系感染症(CNSI)患者5例の発生を通知しました。5例とも女性で、メキシコで脊椎麻酔下に外科手術を受けていました。手術は、米国との国境にあるタマウリパス(Tamaulipas)州マタモロス(Matamoros)市にある2つの個人クリニックで行われました。
 
米国とメキシコの患者から採取した検体の検査結果は、病原性真菌による髄膜炎と一致しました。
 
真菌性髄膜炎はまれですが、死に至る可能性があるため、早急な医療処置が必要です。
 
WHOは、入手可能な最新の情報に基づいて、疫学的状況の監視を続けています。

発生の概要

2023年5月11日、米国CDCは、国際保健規則に基づく国の連絡窓口(IHR NFP)を通じてメキシコ疫学総局に対して、米国で中枢神経系感染症の女性患者5例を特定したこと、および彼女らは、米国に隣接するメキシコの都市にある2つの個人クリニックで脊椎麻酔下に外科手術を受けた経歴があると通知しています。
 
2023年5月26日現在、メキシコと米国の保健当局は、中枢神経系感染症に合致する徴候や症状を呈する合計20人の患者を報告しており、これには米国CDCが報告した2人の死亡例も含まれています。患者は、2023年1月から4月にかけて、米国との国境にあるメキシコのタマウリパス州マタモロス市にある2つの個人クリニックで外科的処置を受けた後、頭痛、発熱、吐き気、嘔吐、光過敏、失神などの症状で病院に来院しました。
 
メキシコ疫学診断基準研究所(スペイン語ではInDRE)は、脳脊髄液(CSF)の検体5例をリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により検査し、真菌(Fusarium solani)の陽性反応が出ています。さらに、米国の保健当局によると、疑い症例9例の検査結果は髄膜炎と一致し、そのうち髄液2例と血液2例で真菌感染のバイオマーカーである(1,3)-β-D-グルカンが上昇したとのことです。 2つの汎真菌PCR検査は陰性でした。
 
実施された調査によると、2023年1月から4月にかけて、当該2つの個人クリニックでこれらの処置を受けた人は合計547人で、そのうち56%となる304人がメキシコ在住、43%にあたる237人が米国在住、1人がカナダ在住でした。

真菌性髄膜炎の疫学

細菌、ウイルス、真菌、寄生虫のいくつかの種が、脳と脊髄を取り巻く組織の炎症である髄膜炎を引き起こす可能性があります。真菌性髄膜炎は、真菌の感染が体の他の場所から中枢神経系に広がった後に発症することがあります。致死的な場合もあり、早急な医療処置が必要です。 まれではありますが、医療機器や薬剤が真菌で汚染されていたり、適切な感染予防対策がとられていなかったりすると、医療行為や外科的処置が真菌性髄膜炎につながることがあります。このような医療関連感染は、重症化や死亡につながる可能性があります。医療関連の真菌性髄膜炎の集団発生は、脊椎麻酔を受けた患者さんの間で発生しています。

公衆衛生上の取り組み

米国とメキシコの保健当局は、両国でこのアウトブレイクに関連する可能性のある追加症例を調査しています。対応策は以下の通りです。

米国での取り組み:
・2023年5月8日、新興感染症ネットワークを通じて、米国CDCはテキサス州で脊椎麻酔を行ったことのある珍しい髄膜炎症例2件を知りました。
・5月16日、米国CDCは、メキシコで行われた脊椎麻酔による処置後の真菌感染に関連する渡航者向けの健康アラート(レベル2)を、一般市民と臨床医に対する推奨事項とともに発表しました。さらに、5月24日には、メキシコのマタモロス市で実施された脊椎麻酔に関連する真菌性髄膜炎が疑われる症例の診断と管理に関する暫定勧告が米国CDCから発表されました。
・5月17日、米国CDCは、メキシコのマタモロス州で脊椎麻酔による処置を受けた患者における真菌性髄膜炎の疑いのある集団発生に関連する健康警報ネットワーク(HAN)を発表しました。
・州および地域の保健局は、2023年1月以降、これら2つのクリニックで脊椎麻酔による処置を受けたことが判明している人々に対して、電話や家庭訪問による連絡と追跡調査を開始しました。MRIや腰椎穿刺などの診断検査を受けるために、最寄りの診療所、救急病院、または緊急治療室にて診察を受けるよう指示を出しています。

メキシコでの取り組み:
・メキシコのマタモロス市では、疫学調査が進行中です。また、疫学総局は州保健サービスおよびマタモロス市保健管轄と協力し運用上の定義を検討しています。
・メキシコ保健当局は、タマウリパス州における髄膜炎の積極的な疫学サーベイランスを強化し、迅速な特定を実現しようと活動しています。
・5月13日、タマウリパス市保健当局は、これらの外科的処置が行われた2つの民間医療施設を閉鎖しました。
・電話や家庭訪問を通じて、感染者の追跡調査が開始されました。
・5月19日、メキシコ国際保健規則に基づく国の連絡窓口(IHR NFP)は、タマウリパス州マタモロス市で脊椎麻酔に関連した中枢神経系感染症の集団発生があったことをPAHO/WHOに通知しています。

WHOによるリスク評価

医療および外科処置後の真菌性髄膜炎症例は非常にまれで、珍しいものです。2012年、米国CDCは、汚染された防腐剤不使用のメチルプレドニゾロン酢酸(MPA)ステロイド注射を受けた患者の間で真菌性髄膜炎やその他の感染症が複数州にわたり発生したことを調査し、米国の20州で64人の死亡を含む753人の患者が報告されました。

今回のアウトブレイクの発生源、媒介物、感染経路は不明のままで、現在も調査中です。メキシコと米国の保健当局から提供された予備的な情報に基づいて、真菌による感染が疑われています。

毎年、米国からは100万人以上が医療ツーリズムに参加しています。2017年には、140万人以上の米国人が世界のさまざまな国で医療を求めました。これらの医療ツーリストは通常、メキシコ、カナダ、および中米、南米、カリブ海の国々を旅行します。現時点では、これらの医療関連真菌性髄膜炎の事例から二次的な広がりを示唆する証拠はありませんが、処置が行われた関係医療施設は5月13日から閉鎖されています。しかし、真菌感染にさらされた可能性のある人々の調査および追跡調査は継続中です。このため、このような処置にさらされた人々の追跡調査が完了するまでは、追加の症例が報告される可能性があります。

WHOは引き続き疫学的状況を監視し、最新の入手可能な情報に基づいてリスクアセスメントを見直す予定です。

WHOからのアドバイス

アウトブレイクの原因はまだ確定していないため、WHO加盟国は警戒を続けなければなりません。感染が発生したWHO加盟国は、感染可能性のある症例を特定し、因果関係を明らかにし、規格外であったり偽造された製品や手順が関連していないかを判断することが極めて重要です。これらの事例を調査することは、病源の迅速な封じ込めに役立ち、さらなる疑い症例の発生を防ぐことが出来ます。
 
WHOは、検査機関での分析の継続、症例の特定と臨床ケア、曝露した可能性のある人達の追跡調査、病因、感染源、媒介物、感染経路を特定するためのアウトブレイク調査、さらなる感染を防ぐための対策の実施、感染予防と管理(IPC)対策の強化を推奨しています。
 
医療関連感染を防ぐために、医療施設におけるIPC対策を強化すべきです。医療機器の廃棄または再利用可能な場合においては、その再処理の基準が満たされていることを含め、注射実施の際の安全対策が遵守されているかの確認に注意を払う必要があります。鋭利な物品、シリンジ、バイアルの保管、輸送、および準備に使用される物は、地域の医療施設で使用する前に、無菌状態を確認するために検査すべきでしょう。複数回使用バイアルの使用は避けるべきです。手術室では、脊髄麻酔を安全に投与するための皮膚の消毒を含む無菌的処置の前に、適切な個人用保護具の使用、環境洗浄の確保など、IPCの実践が遵守されるように見直し、強化されるべきです。
 
WHOは、メキシコを訪問する旅行者に対し、特別な対策をすることは推奨していません。旅行中または旅行後に髄膜炎を示す症状が現れた場合、旅行者は医療機関で診察を受け、医療従事者に旅行歴を共有することが推奨されます。
 
WHOは、この事象について入手可能な現在の情報に基づき、メキシコと米国に対するいかなる渡航・貿易制限の適用も行わないよう助言しています。

出典

Outbreak of suspected fungal meningitis associated with surgical procedures performed under spinal anaesthesia – the United States of America and Mexico 
Disease Outbreak News 01 June 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON470