中東呼吸器症候群 - アラブ首長国連邦

Disease outbreak news 2023年7月24日

発生状況一覧

2023年7月10日、アラブ首長国連邦(以下、「UAE」という。)はアブダビ(Abu Dhabi)のAl Ain市に住む28歳男性の中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の症例をWHOに報告しました。この症例は、ヒトコブラクダ、ヤギ、ヒツジとの直接的または間接的な接触歴はありませんでした。患者は2023年6月8日に入院しました。6月21日に鼻咽頭ぬぐい液が採取され、6月23日にポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりMERS-CoV陽性と判定されました。特定された108人の接触者全員は、MERS-CoV患者との最終接触日から14日間追跡調査されました。現在までに二次感染者は報告されていません。 
 
UAEがMERS-CoVの最初の症例を報告した2013年7月以降、94例の確定症例(今回の新規症例を含む)と12例の死亡例が報告されています。世界全体では、2012年以降WHOに報告されたMERS-CoVの確定症例数は2,605例で、うち関連死は936例です。 
 
WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新の情報に基づいてリスク評価を行っています。WHOは、MERS-CoV感染症例が中東および、その他のMERS-CoVがヒトコブラクダ間で流行している国々から今後もさらに報告が出てくると想定しています。 
 
WHOは、すべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症に対するサーベイランスを強化し、通常とは異なる疾病発生パターンがあれば慎重に検討することの重要性を再度強調しています。 
 

発生の概要

2023年7月10日、アラブ首長国連邦(UAE)のIHR(国際保健規則)に基づく国の連絡窓口(NFP)は、アブダビでMERS-CoVの確定症例が発生したとWHOに通知しました。患者は28歳男性で、Al Ain市在住、UAE国籍ではなく、医療従事者でもありません。 この患者は2023年6月3日から7日にかけて、嘔吐、右脇腹痛、排尿困難(排尿時の痛み)を訴え、民間の医療センターを複数回受診しました。6月8日、患者は嘔吐、下痢を含む消化器症状で政府病院を受診し、急性膵炎、急性腎障害、敗血症の初期診断を受けました。 
 
この患者は2023年6月13日、危篤状態となり、政府の専門3次医療機関の集中治療室(ICU)に紹介され、そこで人工呼吸器が使われました。病状は悪化し、6月21日に鼻咽頭ぬぐい液が採取され、6月23日にPCR法でMERS-CoV陽性と判明しました。 
 
この患者には併存疾患はなく、別のMERS-CoV症例(ヒト)との接触歴もなく、UAE国外への最近の渡航歴もありませんでした。また、ラクダを含む動物との直接の接触歴もなく、ラクダの生製品の摂取歴もありません。 
 
特定された108人の接触者全員は、MERS-CoV患者と最後に接触した日から14日間追跡調査されており、二次感染者は確認されていません。この患者にはUAEで確認された家族や家庭内の接触者はいません。 
 
本報告以前にUAEから報告された最後のMERS-CoV感染は2021年11月でした。UAEで初めてMERS-CoVが検査確定されたのは2013年7月です。それ以来、UAEでは94例のMERS-CoV感染者(今回の症例を含む)と12例の関連死が報告されており、致死率(CFR)は13%となっています。 
 

中東呼吸器症候群の疫学

中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と呼ばれるコロナウイルスによって引き起こされるウイルス性呼吸器感染症です。ヒトは、MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダに直接または間接的に接触することにより、MERS-CoVに感染します。
 
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状から、重度の急性呼吸器疾患および死亡に至るまで、様々な症状を呈します。MERS-CoV感染症の典型的な症状としては、発熱、咳、息切れが挙げられます。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢を含む消化器症状も報告されています。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの慢性疾患を持つ人に、より重篤な疾患を引き起こすと考えられています。重症化すると呼吸不全を引き起こし、集中治療室での人工呼吸器による管理が必要になることもあり、致死率が高まることもあります。
 
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が開発中です。治療は支持的で、患者の臨床状態や症状に基づいて行われます。
 

公衆衛生上の取り組み

・医療施設から合計108人の接触者が特定され、MERS-CoVのスクリーニングが行われました(最初の政府病院から56人、紹介先の政府病院から52人)。 全員が医療従事者(HCW)で、接触者となった医療従事者には呼吸器検体によるスクリーニングを繰り返し、結果はすべて陰性となりました。
・特定された108人の接触者全員は、MERS-CoV患者との最後の接触日から14日間追跡調査され、現在までに二次感染者は発見されていません。 
・アブダビ公衆衛生センター(ADPHC)は、MERS-CoVの症例定義を更新し、推定例を特定するためのサーベイランス活動を強化し、数回のワークショップを実施し、MERS-CoVに関する通達を発行しました。 
 

WHOによるリスク評価

中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)というコロナウイルスによって引き起こされる、ヒトとラクダのウイルス性呼吸器感染症です。MERS-CoVに感染すると、重症化し、死亡率が高くなります。MERS-CoVに感染した患者の約35%が死亡していますが、MERS-CoVの軽症例が現在の監視システムで見逃されている可能性があるため、正しい致死率を反映していない可能性があります。本疾患のさらなる解明が進むまでは、WHOに報告された検査確定症例のみをもとに致死率の計算が行われます。 
 
ヒトの感染は、MERS-CoVの宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接または間接的な接触により発生します。MERS-CoVは、ヒトーヒト間で感染する能力もあります。これまでのところ、観察されたヒトーヒト間の感染は、濃厚接触者間や医療現場で起こっています。医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限定的です。
 
MERS-CoV感染症例はUAEではまれです。2013年7月以降、UAEからWHOに報告されたMERS-CoV感染症例は、今回の症例を含めて合計94例で、12人が死亡し、致死率は 13%となっています。 
 
世界全体では、2012年以降にWHOに報告されたMERS-CoVの検査確定症例数は2,605例で、2023年7月現在、936例が死亡しています。報告された症例の大半はアラビア半島の国々で発生しています。この地域以外では、2015年5月に大韓民国(以下、「韓国」という。)で大規模な集団感染が発生し、186例(韓国185例、中華人民共和国1例)の検査確定例と38人の死亡例が報告されました。世界的な感染者数は、国際保健規則(IHR2005)に基づいてWHOに報告された、現在までの検査確定症例数と死亡者数の合計となっています。 
 
今回の症例報告によって、全体的なリスク評価は変更されません。WHOは、MERS-CoV感染症例が中東および、MERS-CoVがヒトコブラクダ間で流行している国々から更に報告されると予想しています。また、ラクダやラクダ関連製品(たとえばラクダの生乳の摂取など)を通して、あるいは医療現場でウイルスに曝露されたヒトを経由して他国へ感染症が伝播されていくとも想定しています。
 
WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新情報に基づいてリスク評価を行います。 
 

WHOからのアドバイス

現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOは、すべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症についてのサーベイランスを徹底して行い、通常の疾病発生パターンと異なる異常なパターンを慎重に検討することが重要であると改めて指摘しています。 
 
今回の症例は重症ですが、併存疾患はなく、ラクダおよびラクダ由来の生製品、MERS-CoVのヒト症例への曝露歴もないことから、ウイルスの塩基配列を決定し、ゲノム解析を実施して、異常なパターンがないかスクリーニングすることが重要です。ゲノム解析のプロセスは始まっています。これはウイルスの遺伝的進化を特定し、WHOの世界的なリスク評価活動の助けとなります。 
 
一般的な予防措置として、農場、市場、畜舎、その他ヒトコブラクダがいる場所を訪れる人は、動物に触れた後はこまめに手洗いをし、手で目、鼻、口を触らないようにし、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を実践する必要があります。また、業務等で動物を扱う際には、保護衣や手袋を着用することが推奨されます。 
 
牛乳、肉、血液、尿などの動物性食品を、生のまま、または加熱が不十分なまま摂取することは、ヒトに病気を引き起こす可能性のあるさまざまな病原体等に感染する高いリスクを伴います。適切な調理や低温殺菌によって適切に処理された動物性食品は、摂取しても安全ですが、未調理の食品との相互汚染を避けるため、取り扱いにも注意が必要です。 
 
医療現場におけるMERS-CoVのヒト-ヒト感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、感染・予防・管理(IPC)対策の実施の遅れと関連しています。したがってIPC対策は、医療施設内で起こりうるMERS-CoVの感染拡大を防ぐために極めて重要です。医療施設では、十分な換気、患者と医療・介護従事者を含むその他の人々との1メートル以上の空間的な分離、適切な環境清掃など、環境的・工学的な管理が行われていることを確認すべきです。医療従事者は、医療現場におけるあらゆる処置において、すべての患者に標準予防策を一貫して適用すべきです。急性呼吸器感染症の症状のある患者をケアする際には、標準予防策に加えて、眼の保護を含む飛沫予防策を適用すべきです。MERS-CoV感染の可能性が高い、または確定症例をケアする際には、接触予防策を追加すべきです。エアロゾルを発生させる処置を行う際、またはエアロゾルを発生させる処置を行う環境では、空気感染予防策が適切です。MERS-CoVのヒト-ヒト感染は、早期発見、症例管理、症例の隔離、接触者の隔離、医療現場での適切な感染予防と管理対策、そして公衆衛生意識の向上により防ぐことができます。 
 
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患などの基礎疾患を持つ人や免疫不全の人に、より重篤な疾患を引き起こすようです。従って、このような基礎疾患を持つ人はウイルスが存在している可能性がある、農場、市場または畜舎を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの濃厚接触を避けるべきです。 
 
WHOは本事例に関連して、入国地での特定のMERS-CoVスクリーニング実施は推奨せず、また現時点では、いかなる旅行や貿易の制限の適用も推奨していません。 
 

出典

Middle East Respiratory Syndrome - United Arab Emirates 
Disease Outbreak News 24 July 2023 
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON478