デング熱-バングラデシュ人民共和国

Disease outbreak news 2023年8月11日

発生状況一覧

2023年1月1日から8月7日までに、バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)保健家族福祉省は、デング熱確定症例69,483例、関連死亡例327例を報告し、致死率は0.47%であったと報告しました。このうち、症例の63%、死亡例の62%が2023年7月に報告されたものになります。デング熱はバングラデシュの風土病ではあるものの、今回のデング熱は6月下旬から急増しており、季節性や早い時期の急増という点において例年とは異なっています。今年のこれまでの致死率は、例年の1年を通しての致死率に比べて比較的高くなっています。モンスーン前のヤブカの調査によると、蚊の密集度と潜在的な繁殖地の数は過去5年間で最高レベルとなっていました。
 
デング熱の罹患率の増加は、バングラデシュ全土で蚊の増加を促進している高温多湿な気候に加え、異常な降雨量も影響しています。

発生の概要

2023年1月1日から8月7日の間に、保健家族福祉省(MOHFW)により、327人の関連死亡例を含む合計69,483人のデング熱症例が報告され、致死率は0.47%となっています。2023年7月30日現在、合計7,978人の患者と47人の死亡者が報告されていますが、6月下旬から患者が急増し始め、7月だけで患者の63%にあたる43,854人と死亡例の62%にあたる204人が報告されています。
 
過去5年間の同時期と比較すると、患者数、死亡者数ともに増加しています(図1)。デング熱患者は2023年5月に増加し始め、その後も増加しており、現時点ではピークに達したとは考えにくいです。今年のデング熱患者報告数は、2000年以降に記録された同時期と比較して最も多くなっています。
 
国内全64地区から患者が報告されています。 ダッカ(Dhaka)地区では第17疫学週(「疫学週」以下「週」という。)にあたる2023年4月23日から29日にかけて患者が増加し始め、26週にあたる2023年6月25日から7月1日にかけて国内全8地区で患者が増加しています。 ダッカ地区で最も感染者が多いのはダッカ市であり、感染者の52.8%、死亡者の78.9%を占めています。その他の感染発生地区は、チョットグラム(Chattogram)地区で感染者数13.2%、死亡者数9.2%、ダッカ市を除くダッカ地区では感染者数11.6%、死亡者数2.8%、ボリシャル(Barisal)地区では感染者数10.5%、死亡者数4.3%となっています。また、シレット(Sylhet)地区では560例と患者数は最小で、死亡例も現時点で報告されていません。
 
2023年8月7日現在、報告されている致死率は0.47%で、例年に比べて高いです(表1)。さらに分析すると、全体的に致死率は男性より女性の方が高く(0.72%対0.32%)、21~40歳では女性の致死率が男性の4倍高くなっています(0.71%対0.18%)。高年齢層は若年層に比べて致死率が高く、60歳以上では1.87%、41~60歳では0.74%、40歳以下では0.34%となっています。
 
バングラデシュでは2018年までデングウイルス2型(DENV-2)が最もよく見られた血清型でしたが、2019年以降はデングウイルス3型(DENV-3)が優勢となりました。 しかし、今回のアウトブレイクではDENV-2が主に流行している血清型であることが確認されており、異種血清型による2回目感染の結果、より重症のデング熱感染症や入院患者が発生している可能性が指摘されています。2023年6月の1ヵ月間に血清型が確認された66検体のうち、DENV-2は51.5%で、DENV-3は43.9%と同定されました。
 

図1. 2018年から2023年までの週別に報告されたデング熱患者数(A)と死亡者数(B)(2023年8月5日(31週)現在)
 

表1. バングラデシュにおける2018年、2019年、2021年、2022年、2023年のデング熱症例数、死亡数、症例致死率
出典:DGHS(※2020年のデータはCOVID-19のため限定的なものとなっています。)

デング熱の疫学

デング熱は、感染した蚊に刺されることでヒトに感染するウイルス感染症であり、世界中の熱帯・亜熱帯気候の都市部や半都市部で多く見られます。この病気を媒介する主なベクターは、ネッタイシマカ(Aedes Aegypti)と、頻度は低下するもののヒトスジシマカ(Aedes albopictus)です。
 
デングウイルスには4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があります。1つの血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができますが、他の血清型には免疫ができないため、連続して異なる血清型に感染するとデング熱が重症化する危険性が高くなります。多くのデングウイルス感染症は軽度のインフルエンザ様症状のみで、80%以上が無症状です。
 
デング熱に特異的な治療法はありませんが、症例の適時の発見、重症型デングの警告兆候の特定、適切な症例管理は、重症感染者の致死率を1%未満にするための重要な要素です。
 
デング熱は1960年代にバングラデシュ(当時は東パキスタン)で初めて記録され、「ダッカ熱」として知られていました。2010年以降、デング熱の発症は5月から9月の雨季と気温の上昇に一致する様相を呈しています。バングラデシュの気候条件は、過度の降雨、湛水、洪水、気温の上昇、国内の気候の異常な変化により、デング熱やマラリア、チクングニアウイルスを含む他の蚊媒介性疾患の感染に好都合な環境になってきています。

公衆衛生上の取り組み

報告された症例数の多さが医療システムを圧迫しており、保健サービス総局は以下のような措置をとっています。

連携

・バングラデシュ保健サービス総局(DGHS)の疾病管理局長(Director Disease Control)および伝染病管理局長(Line Director Communicable Disease Control:CDC)の下に連携委員会が設置され、対応を監督しています。
・国家の中央レベルでの連携とデータ収集のために、デング熱対策室(事務局)が設置されました。さらに、すべての地区と医科大学病院にも対策室が設置されています。

症例管理のための保健制度強化

・ダッカ市内の新型コロナウイルス感染症患者の管理のために指定されていた6つの病院が、デング熱症例管理のために利用されることになりました。さらに、医科大学病院にデング熱専用病棟/デング熱用病床が設置されました。
デング熱患者の臨床管理に関する全国ガイドラインの第4版が更新され、すべての政府病院と私立病院にガイドラインに従うよう指示が出されました。
・バングラデシュ国内の医師や看護師を対象に、デング熱の臨床管理に関する能力育成が進められています。デング熱に関するポケットガイドラインが医療スタッフに配布されました。
・生理食塩水の点滴やその他の補助的な医薬品が、全国の医療施設に供給されています。

サーベイランスの強化

・病院レベルのサーベイランス・システムは、ダッカ市内の57の病院と、すべての郡と地区レベルの病院から、定期的な情報を積極的に収集しています。日報も、保健緊急オペレーションセンター(HEOC)を通じて配信されています。

リスクコミュニケーションとコミュニティ活動

・テレビをはじめ、デジタルメディア、チラシ、ポスターなどのマスメディアによる啓発キャンペーンが強化されています。また、地域の区民相談員による啓発も行われています。市役所は、建設中のすべての建物に水がたまるような場所がないように建築するよう通達し、ヤブカのボウフラが発見された建物には罰金を課しています。
・ダッカ市では、CDC-DGHSのもと、ヤブカ感染症対策プログラム、IHR、移住者の衛生、新興再興感染症対策プログラムにより、被害の大きい区で啓発のための会合を行っています。

検査施設

・デング熱の血清型検査が実施されました。
・合計184,000個の非構造タンパク質(NS1)診断キットが、すべての郡の保健所、地区病院、医科大学病院に配布されました。

媒介蚊コントロール活動

・地方政府技術局(LGED)は、蚊の繁殖地の除去、TemephosやDeltamethrinなどの殺虫剤を使用した蚊の幼虫(ボウフラ)駆除や成虫駆除など、媒介蚊の駆除活動を主導しています。
・モンスーン後のヤブカ調査は、2023年1月26日から2月4日にかけて、ダッカ北部とダッカ南部の全地域で実施されました。調査結果は2023年4月13日に関係者に配布されました。
・モンスーン前のヤブカ調査は2023年6月18日に開始され、6月27日に完了しました。調査結果は2023年7月4日に両地域に配布されました。

WHOによるリスク評価

デング熱はバングラデシュの風土病であり、繰り返し流行しており、バングラデシュにおける主要な公衆衛生上の懸念の一つとなっています。また、デングウイルスは、高い罹患率と致死率を引き起こす流行につながる可能性もあります。

バングラデシュではデングウイルスの4つの血清型すべてが報告されており、2016年まではDENV-1とDENV-2が優勢でした。最大のデング熱アウトブレイクが報告された2019年以降は、DENV-3が流行した主な血清型でしたが、今年はDENV-2が優勢な血清型となっていいます。

デング熱に特異的な治療法はなく、臨床管理は支持療法となりますが、感染の早期発見と患者の適切な臨床管理により、重症度や致死率を低下させることができます。デング熱の予防と制御は媒介蚊の制御にかかっているといえます。

バングラデシュではデング熱ワクチンは承認されていません。国レベルでのデング熱リスクは、感染が急速に増加して症例数と死亡数ともに増えていますが、まだピークを迎えたとは言えないこと、以前に比べて致死率が高いこと、感染発生の地域が以前より広範に広がったことなどにより、‘高い’と評価されています。加えて、DENV-3が優勢であったこれまでの4年間を経て、DENV-2が優勢な血清型として検出されており、異なる血清型に感染した結果、重症化する患者が増加する可能性が示唆されます。さらに、デング熱による入院患者数は非常に多く、媒介蚊の密集度も高いこと、そしてモンスーンの長期化が予想されることなどから、医療能力もひっ迫しています。

バングラデシュには3つの国際空港、3つの海港、23の陸路の入国地点があります。バングラデシュは陸地国境の94%をインドと接しており、陸の国境を越えて頻繁に人口の移動が行われています。バングラデシュと陸路で国境を接し、ヤブカが繁殖し、蔓延しているインド東部の州を含むインド全域では、デング熱がすでに流行しているのが現状です。気候変動と近隣諸国に発生している豪雨により、媒介動物による病気の伝播の可能性が高くなります。社会・経済的要因により、多くの人々がバングラデシュから他国へ移住するため、国際的な疾病伝播のリスクも同様に高まっています。バングラデシュはまた、多くの外国人旅行者を受け入れており、旅行者がデング熱に感染し、バングラデシュ国外へ出ることにより、国際的な感染拡大につながる可能性は否定できない状況です。

WHOからのアドバイス

デング熱は、蚊が繁殖する場所が人間の居住地に近いことが大きなリスク要因となっています。ヤブカはデングウイルス感染者を刺した後に自身がウイルスに感染し、その後、周囲の他の人にウイルスを感染させます。このため、感染力のある蚊が家庭内や近隣住民にデングウイルスを蔓延させ、集団感染を引き起こす可能性があります。
 
デング熱の原因ウイルスであるデングウイルスの予防と制御は、効果的な媒介蚊の制御にかかっています。媒介蚊の駆除活動は、居住地、職場、学校、病院など、人と媒介蚊が接触するリスクのあるすべての場所に焦点を当てる必要があります。WHOは、デング熱の媒介蚊であるヤブカを含む媒介蚊を駆除するため、総合的ベクター対策管理(IVM)と呼ばれる戦略的アプローチを推進しています。IVMは、潜在的な繁殖場所を除去し、媒介蚊の個体数を減らし、個人の曝露を最小限に抑えるために強化されるべきです。これには、幼虫(ボウフラ)と蚊の成虫を対象とした媒介蚊の防除戦略が必要で、それには、環境管理と発生源の削減、特に貯水方法の改善、家庭用貯水容器に蓋をし、週1回の水抜きや、洗浄、WHOが認定した幼虫駆除剤を使用した非飲料水への適切な投与量での幼虫駆除が含まれます。また、発熱/デング熱入院患者への殺虫剤処理をされた蚊帳(ITNs)の配布を通じて医療施設からのウイルス拡散の抑制、さらに人々や家庭を保護する戦略も有用です。屋内空間散布(薬剤の屋内空間への散布)も、デング熱に感染した蚊を迅速に駆除するための策ではありますが、難民キャンプ地のような人口密集地では実行は困難な可能性もあります。
 
屋外での活動時の個人的な防護対策としては、露出した皮膚や衣服に虫よけを塗布し、長袖シャツとズボンを着用することが挙げられます。屋内では、家庭用殺虫剤製品や日中に蚊取り線香を使用することも有効です。窓やドアの網戸、エアコンは、蚊が家の中に侵入する確率を下げることができます。殺虫剤で処理された蚊帳は、寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐのに有効です。主な媒介蚊であるヤブカは、夜明けから夕方にかけて活動するため、特にこの時間帯に個人的な防護策をとることが推奨されます。
 
昆虫学的サーベイランスを実施し、貯水容器内等でのヤブカの繁殖可能性を評価するとともに、殺虫剤耐性を監視し、最も効果的な殺虫剤を利用した駆除介入策の選択に役立てるべきです。また殺虫剤に対する薬剤耐性の確認には、WHO連携施設であるマレーシアサインズ大学によって開発された殺虫剤耐性検査キットを調達するのが良いでしょう。
 
デング熱感染に対する特異的な治療法はありませんが、早期発見と適切な医療機関での症例管理により、致死率を減らすことができます。重症型デング患者を迅速に発見し、三次病院に適時に紹介することで、致死率を減らすことができます。すべての感染地域と国内全域で、症例サーベイランスを引き続き強化する必要があります。可能であれば、デングウイルスの確認と亜型分類のための検査室サンプル照合の強化にリソースを割くべきです。
 
WHOは、現在までに得られた情報に基づき、バングラデシュへの一般的な渡航や貿易の制限を行うことを推奨していません。

出典

Dengue – Bangladesh
Disease Outbreak News 11 August
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON481