中東呼吸器症候群(MERS-CoV)-サウジアラビア王国
Disease outbreak news 2023年8月29日
発生状況一覧
2022年9月13日から2023年8月12日までに、サウジアラビア王国(以下、「サウジアラビア」という。)保健省からWHOに、死亡例2例を含む3例の中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)検査確定症例が報告されました。 この3症例の濃厚接触者は保健省により追跡調査されましたが、二次感染者は確認されませんでした。今回の症例報告は、MERS-CoVが中東を含め、ヒトコブラクダに流行している国々で引き続き脅威となることを世界的に認識する必要性を改めて示すものとなります。
発生の概要
2022年9月13日から2023年8月12日の間に、サウジアラビア保健省はMERS-CoVの感染例3例、うち死亡例2例を追加で報告しました。症例はリヤド(Riyadh)、アシール(Asser)、マッカ・アル・ムカラマ(Makkah Al Mukarramah)地域から報告されました(図1)。検査確定にはリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)が用いられました。
3例とも非医療従事者で、発熱、咳嗽、息切れを呈し、合併症を有していました。3例中、2例はヒトコブラクダとの接触歴があり、3例とも発症14日前にラクダの生乳を摂取しました。3例とも男性で、年齢はそれぞれ42歳、83歳、85歳でした(表1)。
2012年にサウジアラビアでMERS-CoVが初めて報告されて以来、WHOの全6地域の27カ国からヒトへの感染が報告されています。報告された2,605例のうち、今回新たに報告された症例を含め、MERS-CoV症例の大部分(2,196例、84%)がサウジアラビアから報告されています。27カ国から報告された937例の死亡例のうち、新たに報告された死亡例を含め、合計856例(91%)がサウジアラビアから報告されています(図2)。

図1. 2022年9月13日から2023年8月12日までのMERS-CoV患者の地理的分布(サウジアラビア、都市・地域別)(n=3)。
表1. 2022年9月13日から2023年8月12日までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV症例

図2:2012年から2023年8月12日までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV感染者と死亡者の流行曲線
3例とも非医療従事者で、発熱、咳嗽、息切れを呈し、合併症を有していました。3例中、2例はヒトコブラクダとの接触歴があり、3例とも発症14日前にラクダの生乳を摂取しました。3例とも男性で、年齢はそれぞれ42歳、83歳、85歳でした(表1)。
2012年にサウジアラビアでMERS-CoVが初めて報告されて以来、WHOの全6地域の27カ国からヒトへの感染が報告されています。報告された2,605例のうち、今回新たに報告された症例を含め、MERS-CoV症例の大部分(2,196例、84%)がサウジアラビアから報告されています。27カ国から報告された937例の死亡例のうち、新たに報告された死亡例を含め、合計856例(91%)がサウジアラビアから報告されています(図2)。

図1. 2022年9月13日から2023年8月12日までのMERS-CoV患者の地理的分布(サウジアラビア、都市・地域別)(n=3)。
表1. 2022年9月13日から2023年8月12日までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV症例
症例番号 | 1 | 2 | 3 |
報告年月日 | 2022/11/29 | 2022/12/11 | 2023/3/06 |
報告国 | サウジアラビア | サウジアラビア | サウジアラビア |
居住地域 | ターイフ市メッカ | リヤド市リヤド | マハヤル市アサー |
年齢 | 42 | 83 | 85 |
性別 | 男 | 男 | 男 |
医療従事者 | 非医療従事者 | 非医療従事者 | 非医療従事者 |
併存疾患 | 気管支喘息 | 糖尿病 前立腺肥大 |
糖尿病 高血圧 |
ラクダとの接触 | 不明 | あり | あり |
ラクダ乳の摂取 | あり | あり | あり |
発症日 | 2022/11/02 | 2022/12/01 | 2023/01/05 |
初回入院日 | 2022/11/16 | 2022/12/06 | 2023/01/10 |
検査確認日 | 2022/11/28 | 2022/12/11 | 2023/01/12 |
転帰 | 2022/12/18死亡 | 回復 | 2023/1/26死亡 |

図2:2012年から2023年8月12日までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV感染者と死亡者の流行曲線
中東呼吸器症候群(MERS)の疫学
中東呼吸器症候群(MERS)は中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)によって引き起こされるウイルス性呼吸器感染症です。MERS患者の約36%が死亡していますが、これはMERS-CoVの軽症例が既存のサーベイランスシステムで見逃されている可能性があり、また致死率は検査確定例のみに基づいて算出されているため、本来のこの疾患の致死率に対して過大評価となっている可能性があります。
ヒトは、MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触によってMERS-CoVに感染します。MERS-CoVはヒトからヒトへ感染する能力があると証明されています。これまでのところ、非持続的なヒトからヒトへの感染は濃厚接触者の間や医療現場で起こっており、医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限られています。
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状を示すものから、重篤な急性呼吸器疾患および死に至るものまで様々です。MERSの典型的な症状は発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢などの消化器症状も報告されています。重症化すると呼吸不全を引き起こす可能性があり、集中治療室での人工呼吸による補助が必要となります。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの併存疾患や慢性疾患を持つ人ほど重症化しやすいと考えられています。
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が開発中です。治療は支持的で、患者の臨床状態や症状に基づいて行われます。
ヒトは、MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触によってMERS-CoVに感染します。MERS-CoVはヒトからヒトへ感染する能力があると証明されています。これまでのところ、非持続的なヒトからヒトへの感染は濃厚接触者の間や医療現場で起こっており、医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限られています。
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状を示すものから、重篤な急性呼吸器疾患および死に至るものまで様々です。MERSの典型的な症状は発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢などの消化器症状も報告されています。重症化すると呼吸不全を引き起こす可能性があり、集中治療室での人工呼吸による補助が必要となります。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの併存疾患や慢性疾患を持つ人ほど重症化しやすいと考えられています。
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が開発中です。治療は支持的で、患者の臨床状態や症状に基づいて行われます。
公衆衛生上の取り組み
3例すべてについて濃厚接触者の追跡調査が行われましたが、二次感染者は確認されませんでした。
ラクダとの接触が報告された2例については、農業省に報告され、ヒトコブラクダの調査が行われました。動物のMERS-CoVに対する治療法はありません。検査で陽性と確認されたヒトコブラクダは、RT-PCR検査が陰性になるまで隔離されました。
ラクダとの接触が報告された2例については、農業省に報告され、ヒトコブラクダの調査が行われました。動物のMERS-CoVに対する治療法はありません。検査で陽性と確認されたヒトコブラクダは、RT-PCR検査が陰性になるまで隔離されました。
WHOによるリスク評価
2012年9月13日から2023年8月12日までに、WHOに報告された世界全体のMERS-CoV感染症例数は2,605例で、937例(致死率36%)が死亡しました。これらの症例の大半はアラビア半島の国々で発生しており、その中にはサウジアラビアでの2,196症例、856例の関連死(致死率39%)が含まれています。中東以外では、2015年5月に大韓民国で1件の大規模なアウトブレイクが発生し、186例の検査確定例(大韓民国185例、中国1例)と38例の死亡例が報告されました。このアウトブレイクの指標となる症例は中東への渡航歴がありました。世界全体の数は国際保健規則(IHR2005)に基づいてWHOに報告されたり、保健省から直接報告されたりした検査確定例の総数を反映しています。死亡者数には、感染が発生した加盟国へのフォローアップを通じてWHOが現在までに把握している死亡者数を含みます。
WHOは中東および/またはMERS-CoVがヒトコブラクダに流行している他の国からMERS-CoV感染症例がさらに報告され、ヒトコブラクダやその産物との接触(例えば、ラクダの生乳の摂取)や医療現場でウイルスに曝露された人によって、症例が他国に広がり続けると予想しています。WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新の情報に基づいてリスク評価を行っています。
WHOに報告されたMERS症例数は、新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以来、大幅に減少しています。これはおそらく新型コロナウイルス感染症の疫学サーベイランス活動が優先され、両疾患の臨床像が類似しているため、MERS 症例の検査や検出が減少した結果と考えられます。サウジアラビア保健省は、新型コロナウイルス感染症パンデミック時にMERS-CoVをよりよく検出できるよう、検査能力の向上に取り組んでいます。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時に行われた対策(マスクの着用、手指衛生、物理的距離の取り方、室内空間の換気の改善、咳エチケット、自宅待機、移動の減少など)も、MERS-CoVのヒトからヒトへの感染の機会を減少させたと考えられます。
WHOは中東および/またはMERS-CoVがヒトコブラクダに流行している他の国からMERS-CoV感染症例がさらに報告され、ヒトコブラクダやその産物との接触(例えば、ラクダの生乳の摂取)や医療現場でウイルスに曝露された人によって、症例が他国に広がり続けると予想しています。WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新の情報に基づいてリスク評価を行っています。
WHOに報告されたMERS症例数は、新型コロナウイルス感染症の流行が始まって以来、大幅に減少しています。これはおそらく新型コロナウイルス感染症の疫学サーベイランス活動が優先され、両疾患の臨床像が類似しているため、MERS 症例の検査や検出が減少した結果と考えられます。サウジアラビア保健省は、新型コロナウイルス感染症パンデミック時にMERS-CoVをよりよく検出できるよう、検査能力の向上に取り組んでいます。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時に行われた対策(マスクの着用、手指衛生、物理的距離の取り方、室内空間の換気の改善、咳エチケット、自宅待機、移動の減少など)も、MERS-CoVのヒトからヒトへの感染の機会を減少させたと考えられます。
WHOからのアドバイス
現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOは、すべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症のサーベイランスを強化し、通常とは異なる疾病発生のパターンがあれば注意深く調査することの重要性を改めて強調します。
医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、感染予防・管理(IPC)対策の遅れに関連しています。感染予防・管理対策は、医療施設内でMERS-CoVが人々の間に広がることを防ぐために非常に重要です。医療従事者は、医療現場ですべての患者と接する際に、常に標準予防策を一貫して適用すべきです。急性呼吸器感染症の症状のある患者にケアを提供する際には、標準予防策に飛沫予防策を加えるべきです。MERS-CoV感染の可能性が高い、または確認された症例をケアする際には、接触予防策と眼の保護を加えるべきです。エアロゾルを発生させる処置を行う際、またはそういった環境下では、空気感染予防策を適用すべきです。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例管理、症例の隔離、接触者の隔離、医療現場での適切な感染予防・管理対策、公衆衛生への啓発活動によって防ぐことができます。
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全などの基礎疾患を持つ人ほど重症化しやすいようです。従って、このような基礎疾患を持つ人は、農場、市場、またはウイルスが流行している可能性のある畜舎地域を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの接触を避けるべきです。動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守すべきでしょう。
食品衛生を守ることはとても重要です。ラクダの生乳や尿を飲んだり、十分に加熱されていない肉を食べることは避けるべきです。 生乳や肉を含む動物性食品の摂取は、ヒトに病気を引き起こす可能性のある病原菌に感染するリスクが高いです。調理や低温殺菌によって適切に処理された動物性食品は、摂取しても安全です。これらの工程を経た食品は、未調理の/安全でない食品との交差汚染を避けるため、取り扱いに注意する必要があります。ラクダ肉とラクダ乳は栄養価の高い製品であり、調理、低温殺菌、その他の熱処理後も引き続き消費することができます。
WHOは、本疾病の発生をもとに、入国地での特別なスクリーニングを勧めておらず、現在のところ、いかなる渡航や貿易の制限の適用も推奨していません。
医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、感染予防・管理(IPC)対策の遅れに関連しています。感染予防・管理対策は、医療施設内でMERS-CoVが人々の間に広がることを防ぐために非常に重要です。医療従事者は、医療現場ですべての患者と接する際に、常に標準予防策を一貫して適用すべきです。急性呼吸器感染症の症状のある患者にケアを提供する際には、標準予防策に飛沫予防策を加えるべきです。MERS-CoV感染の可能性が高い、または確認された症例をケアする際には、接触予防策と眼の保護を加えるべきです。エアロゾルを発生させる処置を行う際、またはそういった環境下では、空気感染予防策を適用すべきです。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例管理、症例の隔離、接触者の隔離、医療現場での適切な感染予防・管理対策、公衆衛生への啓発活動によって防ぐことができます。
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全などの基礎疾患を持つ人ほど重症化しやすいようです。従って、このような基礎疾患を持つ人は、農場、市場、またはウイルスが流行している可能性のある畜舎地域を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの接触を避けるべきです。動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守すべきでしょう。
食品衛生を守ることはとても重要です。ラクダの生乳や尿を飲んだり、十分に加熱されていない肉を食べることは避けるべきです。 生乳や肉を含む動物性食品の摂取は、ヒトに病気を引き起こす可能性のある病原菌に感染するリスクが高いです。調理や低温殺菌によって適切に処理された動物性食品は、摂取しても安全です。これらの工程を経た食品は、未調理の/安全でない食品との交差汚染を避けるため、取り扱いに注意する必要があります。ラクダ肉とラクダ乳は栄養価の高い製品であり、調理、低温殺菌、その他の熱処理後も引き続き消費することができます。
WHOは、本疾病の発生をもとに、入国地での特別なスクリーニングを勧めておらず、現在のところ、いかなる渡航や貿易の制限の適用も推奨していません。
出典
Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) - Saudi Arabia
Disease Outbreak News 29 August 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON484
Disease Outbreak News 29 August 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON484