ニパウイルス感染症-インド共和国

Disease outbreak news 2023年10月3日

発生状況一覧

インド共和国(以下、「インド」という。)の保健家族福祉省は、2023年9月12日から15日までに、ケララ(Kerala)州コーリコード(Kozhikode)地区で、ニパウイルス感染症の検査確定例6例(うち死亡者2名)を報告しました。感染源が不明の最初の感染者を除けば、他の感染者は最初の感染者の家族や病院の接触者でした。2023年9月27日の時点で、高リスクの接触者や医療従事者を含む1,288人の感染者との接触者が追跡され、21日間の隔離と監視下に置かれています。9月12日以降、387件の検体が検査され、そのうち6例がニパウイルス陽性で、残りの検体はすべて陰性でした。 9月15日以降、新たな感染者は検出されていません。インドにおけるニパウイルス感染症の発生は2001年以来6回目となります。

人獣共通感染症のひとつであるニパウイルス感染症は、コウモリやブタなどの感染動物との接触を通じてヒトに広がります。さらに、この経路はそれほど一般的ではありませんが、感染者との直接接触も感染につながる可能性があります。ニパウイルス感染症に罹患すると、急性呼吸器感染症や致死性脳炎などの重篤な症状が現れることがあります。人々の感染を軽減または予防する唯一の方法は、危険因子と自分自身を守るための予防策についての意識を高めることです。症例管理は、重度の呼吸器系および神経系合併症に対する支持療法と集中的なサポートを患者に提供することに重点を置く必要があります。

州および国家当局は、監視と接触者の追跡の強化、疑い例と高リスクの接触者の臨床検査、患者管理、感染予防と管理(IPC)のための病院の準備、リスクコミュニケーションと地域社会への関与など、流行の拡大を阻止するために多部門の調整と対応体制を立ち上げています。

発生の概要

2023年9月12日から15日までに、死亡者2名を含む合計6例のニパウイルス感染症の検査確定例が確認されたとケララ州政府が報告しました。確認された症例はすべて9歳から45歳の男性で、ケララ州コーリコード地区内で報告されています。

感染源が不明の最初の患者は、肺炎と急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を患っており、2023年8月下旬に病院に入院し、入院の数日後に死亡しました。他の確認された感染者5名は、最初の患者の濃厚接触者である、2人の家族と、最初の患者が治療を受けて死亡した病院の接触者を含みます。2人目の死亡例は、最初の患者が治療を受けていた病院に別の患者に付き添っていた男性で、肺炎の症状を呈した後死亡しました。

2023年9月27日の時点で、高リスクの接触者や感染者の治療、検体処理を行った医療従事者を含む、感染者の接触者1,288名が追跡されています。特定されたすべての接触者は21日間隔離されます。2023年9月27日現在、4人の感染者とも容体は安定しています。

政府の対応策には、コーリコード地区の9つの村に封じ込めゾーンを宣言し、移動制限、社会的距離の確保、公共の場でのマスク着用の義務化が含まれています。政府は、2023年10月1日までコーリコード地区での主要な公共イベントを制限しました。監視を強化するために近隣の地区と州に警報が発令されました。

プネの国立ウイルス研究所(NIV)によると、ケララ州で見つかったウイルスはインド遺伝子型(I遺伝子型)と特定され、バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)で見つかったニパウイルス株との類似が認められました。

ニパウイルス感染症の疫学

ニパウイルス感染症は、コウモリが媒介する新興の人獣共通感染症であり、感染動物(コウモリやブタなど)や感染動物の唾液、尿、排泄物で汚染された食品を介してヒトに伝播します。また、感染者との濃厚接触を通じてヒトからヒトに直接感染する可能性もあります(ただし、これはあまり一般的ではない感染経路です。)。

ヒトのニパウイルス感染症は、急性呼吸器感染症や致死性脳炎などのさまざまな臨床症状を引き起こします。バングラデシュ、インド、マレーシア、シンガポール共和国全土での流行における致死率は通常40%から100%の範囲です。現時点では、この病気に対する有効な治療法やワクチンはありません。

今回のアウトブレイクで、ケララ州コーリコード地区でのニパウイルス発生は3回目、ケララ州では2018年以来4回目、インドでの発生は6回目となります。2018年にケララ州で発生した前回のアウトブレイクと同様に、このアウトブレイクは最初の症例から始まり、その後家族間接触によるクラスターが発生、病院内での院内感染が発生した可能性が高いです。WHO東南アジア地域では、バングラデシュとインドのみがニパウイルス感染症の発生を報告しています。

公衆衛生上の取り組み

以下の公衆衛生対応措置は、ケララ州政府保健家族福祉局が、インドの保健家族福祉省、インド医学研究評議会 (ICMR)、プネの国立ウイルス研究所 (NIV)、チェンナイ(Chennai)の国立疫学研究所からの支援を受けて実施しました。

調整:
封じ込めと緩和策において州および地方行政を支援するために、保健家族福祉省、健康研究省、畜産省から複数の中央多分野チームが動員されました。合計19の主要委員会が設置され、監視、検体検査、接触者追跡、患者搬送、症例管理、物流と物資、訓練と能力構築、リスクコミュニケーションと地域社会への関与、心理社会的支援、畜産などのさまざまな対応策が任務となっています。対応活動を調整するために、地区内にコールセンターを備えた管制室が設置されました。

監視と接触者の追跡:
地域ベースの監視活動の一環として、宣言された封じ込めゾーン内で地区保健当局によって積極的な戸別監視が実施されました。2023年9月27日の時点で合計53,708軒が調査され、高リスクの接触者を含む1,288人の接触者の特定、隔離、追跡調査が継続されています。高リスクの接触者は全員検査されました。コーリコード地区の9つの村では封じ込めゾーンが宣言され、移動制限、社会的距離の確保、公共の場でのマスク着用の義務化が行われました。政府は、コーリコード地区での主要な公共イベントを2023年10月1日まで制限しました。近隣の地区および州に対して監視を強化するための警報が発令されています。

臨床検査:
疑い症例、環境検体および動物検体の臨床検査は、コーリコード地区の政府医科大学(GMC)の地域ウイルス研究および診断研究所のネットワーク研究室、インド医学研究評議会 (ICMR)の移動式のBSL-3実験室、アレッピー(Alappuzha)の国立ウイルス研究所およびプネの国立ウイルス研究所で実施されています。2023年9月27日の時点で、ニパウイルス検査で陽性となった環境・動物検体(コウモリを含む)はありません。

医療施設の備え:
救急部門には、疑いのある症例に対処し、緊急事態に対応するための設備が整っています。必要に応じて、隔離室と集中治療室(ICU)が疑い症例の治療に備えて準備されています。 州は、必要に応じて収容能力を増やせるように、隔離室、ICU ベッド、人工呼吸器を割り当てています。感染の疑い例および確定例は、指定された医療施設で管理されています。患者の搬送には専用の救急車が出動しています。

感染予防と制御:
州政府は、感染予防と管理 (IPC) に関する医療従事者の研修を開始しました。 個人用保護具 (PPE) の適切な在庫が医療従事者に提供され、IPC の実践が厳格に遵守され、監査されています。

物流管理:
PPE、医薬品、その他の必要な物流の適切な在庫が州政府によって提供されています。

死体の管理:
標準手順と感染予防と管理(IPC)の予防措置に従って、州政府による死体の移送と管理の取り決めも行われています。

リスクコミュニケーションとコミュニティへの関与:
さまざまな手段 (定期的なプレスリリースを含む) を通じた情報教育とコミュニケーション活動が開始されました。さらに、専門医師による音声スポットやビデオバイトも発行されています。現在、インフォデミック(真偽不明の情報が拡散される現象)管理戦略が実施されており、フェイクニュースに対して厳格な措置を講じています。心理社会的ケアを提供するコールセンターも州政府によって設立されました。

動物部門:
コウモリ、動物の糞、食べかけの果物の検体が、最初の患者が住んでいた村の、数種のコウモリが生息する 121 ヘクタール (300 エーカー) の森林から 9 月 15 日に収集されました。すべての検体はニパウイルス検査で陰性でした。
2018年にケララ州でニパウイルス感染症が発生した際には、WHOとパートナー機関の支援を受けて州政府とインド政府が策定したガイドラインに従って公衆衛生対応措置が実施されました。

WHOによるリスク評価

2001年に西ベンガル(West Bengal)州シリグリ(Siliguri)町で最初のアウトブレイクが報告されて以降、インドでのアウトブレイクは6回目となります(症例数66例、致死率68%)。その後、5件の発生が報告されました。西ベンガル州ナディア地区(症例5例、致死率100%)、2018年にケララ州コーリコード地区とマラプラム(Malappuram)地区(確定例と可能性の高い症例を含む23例、致死率91%)、2019年にケララ州エルナクルム(Ernakulum)地区(症例は1例で生存者)、2021 年にケララ州コーリコード地区(1 名、致死率100%)。
 
次の要因が、このアウトブレイクに関連するリスクに寄与する可能性があります。
 
・このアウトブレイクにおける最初の感染者の暴露は依然として不明であること。
・ニパウイルスを保有していると報告されており、潜在的な感染源となるコウモリが存在すること。
・報告された致死率が高く(33.3%)、接触者数が多いこと。
・ニパウイルスに特異的な治療薬やワクチンがないこと。
 
同時に、今回の感染拡大は全くの予期せぬものではなく、コーリコード地区では3回目、ケララ州では4回目の発生となります。今回の症例ではクラスターが発生しており、最初の症例と疫学的に関連しています。また症例はコーリコード地区に限定されています。コーリコード地区の公衆衛生チームと医療従事者は、ニパウイルス感染症の発生を管理した経験があります。州政府は感染拡大を阻止するための対応策を迅速に確立し、監視の強化と接触者追跡措置により、1288人の接触者が特定され、監視下にあります。高リスクの接触者は検査されています。

WHOからのアドバイス

ニパウイルス感染症に対して利用可能なワクチンや認可された治療法がない場合、人々の感染を軽減または予防する唯一の方法は、危険因子に対する意識を高め、ニパウイルス感染症への曝露を減らすために講じることができる対策について人々を教育することです。症例管理は、患者に対する支持療法の提供に重点を置く必要があります。 重度の呼吸器および神経学的合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されます。

公衆衛生に関する教育メッセージは次のことに焦点を当てるべきです。

コウモリからヒトへの感染リスクを軽減する
採取したばかりのナツメヤシの果汁は煮沸し、果物はよく洗って皮をむいてから消費してください。コウモリに咬まれた跡のある果物は廃棄する必要があります。コウモリのねぐらとして知られている場所は避けるべきです。感染したオオコウモリの尿や唾液で汚染された果物や果物製品(生のナツメヤシジュースなど)を介した国際的な感染のリスクは、食べる前によく洗い、皮をむくことで防ぐことができます。

動物からヒトへの感染リスクの軽減
家畜における自然感染は、飼育豚、馬、飼い猫および野良猫で報告されています。病気の動物やその組織を扱うとき、また屠殺や殺処分の手順中には、手袋やその他の保護服を着用する必要があります。人々は感染した豚との接触を可能な限り避ける必要があります。流行地域では、新たに養豚場を設立する場合、その地域にオオコウモリが存在することを考慮する必要があり、一般に、可能な場合は豚の飼料と豚小屋をコウモリから保護する必要があります。ニパウイルス感染症が疑われる動物から採取した検体は、適切な設備を備えた検査室で働く訓練を受けたスタッフが取り扱う必要があります。

ヒトからヒトへの感染リスクの軽減
ニパウイルス感染症患者との無防備な物理的接触は避けるべきです。病気にかかった人を看護したり訪問したりした後は、定期的な手洗いを行う必要があります。感染が疑われる患者または感染が確認された患者の世話をする医療従事者、または適切に設備の整った検査室で働く訓練を受けたスタッフを含め、その検体を取り扱う医療従事者は、ニパウイルスへの感染が疑われる患者またはニパウイルス感染症患者の病室、およびニパウイルス感染症患者からのリネンや廃棄物を取り扱う医療現場でのケアや作業の際に、感染予防と管理の標準予防策に加え、接触および飛沫予防策を常に実施する必要があります。症例管理は、患者に対する支持療法の提供に重点を置く必要があります。重度の呼吸器および神経学的合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されます。全てのニパウイルス感染症が確認された、または疑われる症例に、安全な埋葬が義務付けられています。

感染症の予防と管理
医療現場では、ニパウイルスへの感染の疑いがある患者は、専用の患者用器具とトイレを備えた換気の良い個室に隔離される必要があります。ニパウイルスが疑われる患者は相部屋に入るべきではありません。ニパウイルス感染症患者と接する医療従事者は、ニパウイルス感染症患者のケアを行う際、接触および飛沫予防策を講じる必要があります。エアロゾルを発生させる医療処置が行われる場合には、患者を陰圧室に入れるなど、接触、飛沫、空気感染に対する予防策を講じる必要があります。陰圧室が利用できない場合は、廊下へのドアを閉め、自然換気を使用する場合は窓の開いた換気の良い個室を使用します。ニパウイルスへの感染の疑いがある患者または確認された患者が入院している病室のすべての表面の清掃と消毒は、少なくとも 1 日に 1 回行う必要があります。石鹸と水で洗浄した後、0.5% 次亜塩素酸ナトリウム溶液の消毒剤を表面に塗布し、5 分間触らないでください。血液や体液がこぼれた場合は、直ちに洗浄と消毒、および頻繁に触れる表面の洗浄を実施する必要があります。医療施設は、スタッフ、患者、介護者のニーズを満たすために、質の高い水、衛生設備、衛生サービスを備えている必要があります。医療施設は安全な廃棄物管理慣行を遵守する必要があります。

ニパウイルス感染症患者をケアする際の WHO の感染予防と管理に関するアドバイスは現在検討中であり、更新が保留されています。

WHOは、この出来事に関して入手可能な現在の情報に基づいて、インドへの旅行または貿易制限を適用しないよう勧告しています。

出典

Nipah Virus Infection – India
Disease Outbreak News 3 October 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON490