デング熱-チャド共和国

Disease outbreak news 2023年10月16日

発生状況一覧

2023年8月15日、チャド共和国(以下、「チャド」という。)公衆衛生・予防省はデング熱の流行を宣言しました。10月1日現在、4つの州の8つの保健地区で、確定症例41例を含む1,342例の疑い例が報告されています。確定症例のうち、1例が死亡しました。ウアダイ(Ouaddaï)州のアベシェ(Abéché)保健地区は、現在の流行の中心です。公衆衛生・予防省は、WHOやパートナー機関との協力のもと、デング熱への対応準備と対応に関する国家緊急事態計画を実施し、多くの重要な対応活動を開始しました。デング熱は、感染した蚊に刺されることで人に感染するウイルス感染症です。多くのデング熱感染症は、軽度のインフルエンザ様症状を示すだけで、80%以上の症例は無症状です。デング熱に特異的な治療法はありませんが、感染者を適時に発見し、適切な症例管理を行うことが、デング熱の重症化とそれによる死亡を防ぐための重要な要素です。これはチャドで報告された初めてのデング熱アウトブレイクであり、同国ではサーベイランスや臨床、検査能力が限られています。蚊が蔓延しやすい環境条件であること、スーダンからの難民や帰国者の大量流入による人道危機が続いていること、対応能力が限られていることから、WHOはこのアウトブレイクがもたらすリスクを国レベルで高いと評価しています。

発生の概要

2023年8月15日、チャド公衆衛生・予防省は、同国東部のウアダイ州アベシェ保健地区におけるデング熱の流行を公式に宣言しました。これはチャドで発表された最初のデング熱の流行です。

この宣言は、ウンジャメナ(N’DJamena)にある国立バイオセーフティ・疫学研究所(LaBiEp)で、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(real-time PCR)を用いて検査した12の血液検体のうち8検体でデング熱が確認されたことから発表されました。その後、検体はさらなる確認のためカメルーン共和国のパスツール研究所に送られ、8月22日にPCRとELISAによる検査が完了し、デング熱の存在が確認されました。

10月1日現在、4つの州の8つの保健地区で報告された確定症例41例を含め、疑い症例は1,342例です。確定症例のうち、1例が死亡しました。確定症例の致死率は2.4%です。

このアウトブレイクの原因となったデング熱の血清型はまだ不明です。

4州8地区(ウンジャメナ(Ndjamena)、ウアダイ(Ouaddaï)、シラ(Sila)、ワディ・フィラ(Wadi Fira))でデング熱患者が確認されました。特に、流行の中心地であるウアダイ州では、確定症例が最も多く報告されており、全確定症例41例のうち31例(確定症例の76%)を占めています。この流行で最も影響を受けている年齢層は15歳から34歳で、報告された確定症例の27%を占めています。

デング熱の疫学

デング熱は、感染した蚊に刺されることでヒトに感染するウイルス感染症であり、世界中の熱帯・亜熱帯気候の都市部や半都市部で多く見られます。この病気を媒介する主なベクターは、ネッタイシマカ(Aedes Aegypti)と、頻度は低下するもののヒトスジシマカ(Aedes albopictus)です。

デングウイルスには4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があります。1つの血清型に感染すると、同型の血清型には長期間の免疫ができますが、他の血清型には免疫ができないため、連続して異なる血清型に感染するとデング熱が重症化する危険性が高くなります。
多くのデングウイルス感染症は軽度のインフルエンザ様症状のみで、80%以上が無症状です。

デング熱に特異的な治療法はありませんが、症例の適時の発見、重症型デングの警告兆候の特定、適切な症例管理は、アウトブレイク時の致死率を1%未満にするための重要な要素です。

チャドでは今までにチクングニア熱や黄熱などのアルボウイルスの流行がありましたが、デング熱の流行が報告されたのは今回が初めてです。ウアダイ州を含むチャドでは、2020年にチクングニア熱の流行が発生し、合計34,052例の患者が記録され、1例が死亡しました。

公衆衛生上の取り組み

公衆衛生・予防省は、WHOやその他のパートナー機関の支援を受けて、以下のような重要な対応活動を開始しました:

・WHOの支援により策定された、デング熱への対応準備と対応に関する国家緊急事態計画の実施に向けた資源の動員。
・医療施設や地域社会における積極的な症例探索や、症例リストの定期的な更新を含む綿密な疫学調査など、サーベイランスの強化と対応策の調整。
・地域住民への症例の特徴の周知や、医療施設に迅速診断検査(Bioline Dengue Duo (DENGUE NS1 Ag + IgG/IgM))を調達し、症例の早期発見能力を高める。
・検査確定のための検体の輸送を含む、効果的な物流と運用支援の確保。
・重症型デング熱を含むデング熱疑い症例および確定症例の治療のための標準作業手順書(SOPs)を作成し、既存の治療キットの在庫を確保し、不足不備等に対処する。
・国境を越えた協力体制を強化し、国境地帯における予防と媒介蚊対策を実施する。
・媒介蚊の幼虫期や成虫期を含む昆虫学的サーベイランスを強化し、媒介蚊の生態学的特徴を明らかにする。
・総合的な媒介蚊管理の一環として、効果的な媒介蚊対策を実施する。
・住民に感染と制御に関する重要な情報を広めるため、地域社会の動員や取り組みを強化する。

WHOによるリスク評価

これはチャドで報告された初めてのデング熱の流行であり、チャドには充分な公衆衛生の準備と対応能力がありません。

一般市民にはデング熱が知られておらず、臨床医もデング熱の症状に敏感になっていないため、市中症例が十分に報告されていない可能性が高いです。デング熱は他の一般的な発熱性感染症と混同されることがあるため、早期診断が困難であり、特に検査確定のための検査施設がない環境ではその傾向が顕著です。

スーダン国境に近いチャド東部の人口密度の高い大都市では、熱帯性気候で蚊の発生に好都合な劣悪な衛生環境であるため、蚊の存在による感染拡大のリスクが高いです。

スーダンと国境を接するウアダイ州は、流行の中心地であり、スーダンからの難民や帰国者の大量流入により、現在も続いている人道危機の影響を最も受けている州でもあります。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウアダイ州の難民数は現在400,000人を超えています。

スーダンからの帰還難民とチャド国民の移動は、新たに州や国境を越えて感染を拡大させる可能性があります。

WHOは、本件に関する入手可能な情報に基づき、本アウトブレイクがもたらすリスクを、国レベルでは高く、WHO地域レベルでは中程度、世界レベルでは低いと評価しています。

WHOからのアドバイス

蚊の繁殖地が人間の居住地に近いことは、デングウイルス感染の重大な危険因子です。デング熱の予防と感染制御は、効果的な媒介蚊の駆除にかかっています。媒介蚊の駆除活動は、人と媒介蚊が接触する危険性のあるすべての場所(居住地、職場、学校、病院)を対象とする必要があります。WHOは、デング熱の媒介蚊であるヤブカを駆除するため、総合的ベクター管理(IVM)と呼ばれる戦略的アプローチを推進しています。潜在的な繁殖場所を除去し、媒介蚊の個体数を減らし、人の蚊への曝露を最小限に抑えるためにIVMを強化する必要があります。これには、蚊の幼虫と成虫に対する媒介蚊対策(すなわち環境管理と発生源の除去)、特に貯水習慣を改善する必要があり、家庭用貯水容器に蓋をし、週単位で水を抜き、洗浄すること、WHOが認定した幼虫駆除剤を適切な量で非飲料水に使用すること、加えて発熱していたりデング熱で入院している患者に殺虫剤処理した蚊帳(ITNs)を配布し、医療施設からのウイルス拡散を抑えること、さらに人々や家庭を保護するための戦略などが含まれます。屋内での薬剤の空間噴霧も、デング熱に感染した蚊を迅速に封じ込めるためのアプローチですが、難民等のキャンプ地のような人口密集地では難しいかもしれません。

屋外活動中の個人的な防護対策としては、露出した皮膚への忌避剤の塗布や衣服の処理、長袖のシャツと長ズボンの着用などがあります。屋内では、家庭用殺虫エアゾール製品や蚊取り線香の使用が含まれます。窓やドアの網戸は、蚊が家の中に侵入する確率を下げることができます。殺虫剤処理された蚊帳は、日中の睡眠中に蚊に刺されるのを防ぐことができます。ヤブカ(感染の主な媒介蚊)は夜明けと夕暮れ時に活動するため、特にこの時間帯には、住宅地だけでなく、職場や学校でも個人的な防護措置をとることが推奨されます。

水の保存容器内のヤブカの繁殖可能性を評価し、殺虫剤耐性を監視して、最も効果的な殺虫剤ベースの介入策の選択に役立てるために、昆虫学的サーベイランスを実施するべきです。デング熱感染に対する特効薬はありませんが、早期に発見し、適切な医療機関で症例管理を受けることで、死亡率を減らすことができます。すべての感染地域と国全体で、症例サーベイランスを引き続き強化すべきです。実行可能であれば、デングウイルスの確認と亜型分類のための検査結果照会機構を強化するために資源を割くべきです。

媒介蚊対策活動の成功と継続において、地域社会が果たす役割は大きいです。多くの利害関係者間の調整が必要である一方、媒介蚊対策は、地域社会が感染のリスクを認識し、自らを守るためにどのような対策を講じるべきかを知っているかどうかが非常に重要となります。地域住民の参加と活動は、地域住民と協力して媒介蚊対策を改善し、将来の疾病発生に対する回復力を構築することにつながります。適切なコミュニティ参加を主体としたアプローチが実施されている場合、コミュニティは媒介蚊対策に責任を持って実行することが推奨されます。コミュニティ参加型主体のアプローチは、こうした健康を意識した行動が社会的基盤の一部となり、コミュニティが家庭内外で媒介蚊対策に対して主体的に活動することを目的としています。

WHOは、この事象に関する入手可能な情報に基づき、チャドへの渡航や貿易を制限することを推奨しません。

出典

Dengue - Chad
Disease Outbreak News 16 October 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON491