インフルエンザA(H1N2)変異型ウイルス- グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)

Disease outbreak news 2023年12月1日

発生状況一覧

2023年11月25日、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(以下、「英国」という。)の国際保健規則に基づく国の連絡窓口(IHR NFP)は、世界保健機関(WHO)に対し、豚由来インフルエンザA(H1N2)ウイルス感染のヒト症例を通知しました。これは、英国で報告された初めての豚インフルエンザA(H1N2)変異型の症例です。豚由来インフルエンザウイルスによるヒトへの感染は、過去にアメリカ大陸、アジア、オーストラリア、ヨーロッパの国々で散発的に検出されています。ヒトが豚由来のインフルエンザウイルスに感染した場合、そのウイルスは変異型(または「v」)ウイルスと呼ばれます。ヒトが豚由来インフルエンザウイルスに感染する原因のほとんどは、感染した豚との直接的な接触や汚染された環境を通して、豚由来インフルエンザウイルスに曝露されることです。現在のところ、これらの豚由来インフルエンザウイルスがヒトの間で持続的に感染する能力は限られていることが示唆されています。この症例は、呼吸器疾患の定期サーベイランスの一環として確認されました。この症例の感染源は現在調査中であり、接触者の追跡調査も進行中です。現在までのところ、この事象に関連する他の確定症例は報告されていません。WHOは各国当局と連絡を取り、状況を注意深く見守っています。感染源を特定し、このインフルエンザ変異ウイルスのリスクを明らかにするために、継続的な調査が行われています。WHOはインフルエンザウイルスがヒトを介し、あるいは地域レベルでヒトの間で広がるリスクを低いと評価しています。しかし、これらのウイルスは世界中の豚の個体群から検出され続けているため、感染した豚との直接的または間接的な接触に起因するヒトへのさらなる感染例が予想されます。現在のところ、ウイルスはヒトの間で感染を維持する能力を獲得していないことが示唆されているものの、インフルエンザウイルス自体は常に変異しているため、WHOは、ヒトまたは動物の健康に影響を及ぼす可能性のある流行するインフルエンザウイルスに関連したウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出し、リスク評価のためにタイムリーにウイルスを共有するための世界的なサーベイランスの重要性を引き続き強調しています。

発生の概要

2023年11月25日、国際保健規則(IHR2005)に基づき、英国はインフルエンザA(H1N2)変異型ウイルスのヒト感染例をWHOに通知しました。この症例は、11月5日に軽い症状が現れたと報告しました。 11月9日に家庭医を受診し、その際に呼吸器検体が採取され、国の定期インフルエンザ・サーベイランス・プログラムの一環としてさらに分析されました。11月13日、この検体は英国健康安全保障局(UKHSA)の研究所に送られ、11月23日に逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を用いてインフルエンザA(H1N2)変異型ウイルス陽性と判定されました。この検体はさらに全ゲノム配列決定によって確認され、結果は同日発表されています。11月25日、フォローアップのRT-PCR検査が実施され、インフルエンザは陰性でした。  この患者は現在回復しています。 
 
フランシス・クリック研究所(Francis Crick Institute)の世界インフルエンザセンター(WHO協力センター)および英国動植物衛生庁(APHA)の国際獣疫事務局(WOAH)の鳥および豚インフルエンザ基準研究所で実施されたさらなる検査室分析により、このインフルエンザA(H1N2)変異型ウイルスは豚インフルエンザウイルス遺伝子系統1B.1.1に属することが確認されました。この遺伝子系統に属する同様のA(H1N2)ウイルスは、これまでにも英国のブタから検出されています。しかし、この豚の遺伝子系統に属するウイルスが英国でヒトから検出されたのは今回が初めてです。 
現在進められている調査によると、この患者が居住している場所から数マイル以内に養豚場がありますが、この患者は豚、ペット、農場への直接的な曝露は報告していません。 感染源は現在調査中であり、接触者の追跡も続いています。 
 

インフルエンザAの疫学

A型インフルエンザウイルスは、世界のほとんどの地域の豚で発生しています。通常豚に流行するインフルエンザウイルスが人に検出された場合、それは「変異型インフルエンザウイルス」と呼ばれます。A(H1N1)、A(H1N2)、A(H3N2)は、豚で流行するインフルエンザウイルスの主な亜型であり、時にはヒトに感染します。 
 
豚インフルエンザウイルスによる散発的なヒトへの感染は1950年代後半から報告されており、通常は豚や汚染された環境に直接または間接的に曝露された後に起こります。2018年以降、ヨーロッパ(オーストリア、デンマーク、フランス、オランダ)、アメリカ大陸(ブラジル、カナダ、アメリカ合衆国)、アジア(中国)、オーストラリアなどの国々で、ヒトにおける散発的なインフルエンザA(H1N2)変異型症例が検出されています。ヒトへの感染は主に、感染した動物や汚染された環境との直接的な接触によって起こります。危険因子としては、感染した豚に近寄ったり、豚が飼育されている場所を訪れたりすることが挙げられます。しかし、豚との接触が確認されていない症例も報告されています。
 
豚由来のインフルエンザウイルスがヒトに感染した場合、ほとんどの場合は軽症で終わりますが、時に重症化して入院が必要となる場合や、致死的な場合もあります。豚由来インフルエンザウイルスのヒトからヒトへの伝播の証拠は限られており、非常にまれであるか、1人目からその次までの感染に限られています。
 
RT-PCR やその他の迅速な分子インフルエンザ検査法(高感度・高特異性)が利用可能な場合は、検査機関での検査が推奨されます。しかし、抗ウイルス薬と支持療法に基づく迅速な治療が優先されるべきです。WHOは、インフルエンザの検査診断と診療に関するガイドラインを作成し、世界インフルエンザ監視対応システム(GISRS)を通じて、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ、その他の人獣共通感染症のインフルエンザウイルスを注意深く監視しています。 
 

公衆衛生上の取り組み

WHOは各国当局と緊密に協力し、状況を監視しています。UKHSAは、この事態を調査し、迅速な対応を行うため、パートナー機関と協力し、国家緊急対策チームを設立しました。英国国民保健サービス(UKHSA)および国際的なパートナー機関による継続的な対応活動には以下が含まれます。 
・地域の疫学調査および公衆衛生管理は、症例調査、接触者追跡、豚や農場への職業的曝露が考えられる人々や、それより広い地域社会に対する地域サーベイランスの強化などを含めて実施されています。 
・本ウイルスのウイルス学的特性をさらに理解するため、UKHSA、APHA、およびクリック研究所と共同で研究機関における調査が実施されています。  
・政府内のパートナー機関や国民保健サービス、国際的なパートナー機関への適切な情報伝達を含むコミュニケーション活動が行われています。 
 

WHOによるリスク評価

インフルエンザウイルスは世界の多くの地域で豚の間で流行しています。地理的な場所によって、これらのウイルスの遺伝的特徴は異なります。ほとんどのヒト感染例は、感染した豚との接触や汚染された環境を通して豚インフルエンザウイルスに曝露されることによって起こりますが、発症前数週間にわたって豚に接触したたことが明らかでないにもかかわらず発症している症例も報告されています。ウイルス自体は世界中の豚から検出され続けているため、感染した豚との直接的または間接的な接触に起因するヒトへの感染例がさらに増えることが予想されます。 
 
現在のところ、豚インフルエンザウイルスはヒトの間で感染を続ける能力を獲得していないことが示唆されています。ヒトの間での非持続的な感染は認められていますが、現在流行中の地域における感染においては確認されていません。 
 
本症例は英国で報告された最初の豚インフルエンザA(H1N2)変異型の患者です。豚との直接の接触や豚インフルエンザの患者との接触等は報告されていません。 現時点では感染源は不明ですが、ウイルスは英国の豚の間で流行しているものと極めて近いものです。過去に発生したいくつかの変異型の感染例も豚との明らかな接触歴はなく、持続的なヒトからヒトへの感染の証拠は確認されていません。限定的なヒトからヒトへの感染が関与している可能性もありますが、決定的な証拠はありません。 
 
ウイルスのさらなる特性の解析が進められています。全国規模の定期サーベイランスでは、地域での呼吸器疾患の異常なほどの増加は認められていません。現段階では、限定的なヒトからヒトへの感染の可能性を排除することはできませんが、この症例に関連してさらなる感染者が発生するリスクは低いと思われます。 
 
リスク評価は、疫学的またはウイルス学的情報がさらに入手可能になった時点で見直される予定です。 
 

WHOからのアドバイス

呼吸器症状がある人は、引き続き従来の指針に従い、医療機関を受診し、症状が続いている間は、他の人との、特に高齢者や既往症のある人との接触を避けるべきです。 
サーベイランス
・今回の症例の発生は、現在のWHOの公衆衛生対策と季節性インフルエンザのサーベイランスに関する勧告を変更するほどのものではありません。 
・WHOは、現状のインフルエンザウイルスについて、旅行者の入国地点における特別なスクリーニングやヒトと動物との接触の制限に係る勧告はしません。            
・インフルエンザウイルスは常に変異しているため、WHOは、ヒトまたは動物の健康に影響を与える可能性のある世界や地域で流行しているインフルエンザウイルスに関連したウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出するための世界的なサーベイランスと、リスク評価のためのタイムリーなウイルス共有の重要性を引き続き強調しています。 
通知と調査
・国際保健規則(IHR2005)により新種の亜型のインフルエンザウイルスによるヒトへの感染はすべて届出が必要であり、締約国はパンデミックを引き起こす可能性のあるA型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が検査機関で確定された場合、直ちにWHOに通知することが義務付けられています。通知には発症の証拠は必要ありません。 
・パンデミックを引き起こす可能性のある変異型ウイルスを含む新型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が確認された、または疑われた場合には、動物への曝露歴、旅行歴、接触者の追跡など、徹底した疫学的調査を行う必要があります。疫学的調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示唆するような今までにないパターンの異常な呼吸器系疾患の早期発見も含まれるべきです。症例の発生時、発生場所から採取した臨床検体は検査され、さらなる特徴を付けのためWHOの共同研究センターに送られるべきです。
予防策 
・動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守する必要があります。 
・動物のインフルエンザの発生が確認されている国への旅行者は、農場、生きた動物が売買される市場での動物との接触、動物がと殺される可能性のある場所への立ち入り、動物の糞便で汚染されていると思われる物との接触を避けるべきです。また、旅行者は石鹸を使った手洗いを励行すべきです。旅行者は、食品安全および食品衛生に関して適切に対処すべきです。豚に感染するインフルエンザウイルスは、ヒトのインフルエンザウイルスとは異なります。人獣共通感染症であるインフルエンザに対するワクチンはまだ認可されていません。しかし、一部のパートナー機関は、パンデミック対策活動の一環として、パンデミックの可能性がある新型の人獣共通感染症インフルエンザウイルスに対するワクチン候補ウイルスを開発しています。 
・一般に、ヒトのインフルエンザウイルスに対するインフルエンザワクチンは、通常ブタに流行するインフルエンザウイルスからヒトを守ることは期待できません。季節性インフルエンザワクチンは豚のウイルスを防御することはできませんが、WHOは重症化を避けるために季節性インフルエンザワクチンの接種を推奨しています。 
・医療現場では、医療従事者、患者、訪問者に呼吸器感染症の症状がないか、症候学的にスクリーニングすることが推奨され、医療関連感染のリスクを軽減するための感染予防策を実施する能力と資源が必要となります。新型の急性呼吸器感染症が疑われる場合は、WHOの「医療におけるエピデミックおよびパンデミック傾向にある急性呼吸器感染症の予防と制御」のアドバイスを参照してください。

 WHOは、現在入手可能な情報に基づき、英国への渡航や貿易の制限を勧告していません。
 

出典

Influenza A(H1N2) variant virus infection - United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland 
 Disease Outbreak News 01 December 2023 
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON496 
 
Infection prevention and control of epidemic- and
pandemic-prone acute respiratory infections in health care