狂犬病(ファクトシート)

2023年1月19日(原文〔英語へのリンク)

要点

・狂犬病は、ワクチンで予防できるウイルス性の疾患で、150以上の国と地域で発生しています。主にアジアとアフリカを中心に毎年数万人の死者が出ており、その40%が15歳未満の子どもです。
・ヒトの狂犬病による死亡の主な原因は犬であり、人への感染経路の99%で関わっています。狂犬病は、犬へのワクチン接種と犬による咬傷の予防によって防ぐことができます。
・狂犬病の可能性がある動物と接触(かまれるなど)した場合は、直ちに、石鹸と水で15分間徹底的に傷を洗い、必要回数の狂犬病予防接種を受け、適応となる場合には、狂犬病免疫グロブリンまたはモノクローナル抗体の投与からなる曝露後予防接種(以下、「PEP」という。)を実施する。これにより、発症予防が可能である。
・世界的に狂犬病は、年間86億米ドルの損害をもたらすと推定されています。
・ワンヘルス・アプローチは、複数の部門や地域社会が連携して、人々の疾病への意識を高め、犬への集団予防接種キャンペーンを実施することにつながります。

概要

狂犬病は、ワクチンで予防可能な、中枢神経系を侵す人獣共通感染症のウイルス性疾患です。臨床症状が現れる(発症する)と、ほぼ100%が死に至ります。ほぼすべての症例で、狂犬病ウイルスがヒトに感染する原因は飼い犬です。しかし、狂犬病は家畜と野生動物の両方に感染する可能性があります。通常、咬傷、引っ掻き傷、粘膜(目、口、開いた傷口など)との直接接触により、唾液を介して人や動物に広がります。5歳から14歳の子供が頻繁に犠牲になります。
 
狂犬病は南極大陸を除くすべての大陸に存在し、ヒトの死亡の95%以上はアジアとアフリカで発生しています。しかし、狂犬病の症例はほとんど報告されておらず、登録された数は実際の発生率と大きく異なっていると考えられます。
 
狂犬病は、顧みられない熱帯病(以下、「NTD」という。)の一つであり、すでに社会的に孤立している貧しい人々や脆弱な人々が主に罹患する病気です。狂犬病には有効なヒト用ワクチンと免疫グロブリンが存在しますが、必要としている人々が手に入れることが困難です。狂犬病曝露後予防接種(以下、「PEP」という。)の平均費用は現在平均108米ドルと推定されており、(渡航費用や収入減とともに)狂犬病にかかった場合の管理は、一人当たりの平均日収が1~2米ドルと低い家庭にとって治療を受けることは非常に大きな経済的負担となり得ます。
 
毎年、世界中で2,900万人以上の人々がPEPを受けています。これにより、年間数十万人の狂犬病による死亡を防ぐことができると推定されます。犬を媒介とする狂犬病の経済的負担は、個人の心理的トラウマに加え、個人・地域社会に対して年間86億米ドルと推定されます。

予防

犬の狂犬病をなくすために

狂犬病は、ワクチンで予防できる病気です。子犬から成犬まですべての犬にワクチンを接種することで、感染を発生源で食い止めることができるため、人の狂犬病を予防するための最も費用対効果の高い戦略です。さらに、犬のワクチン接種により、PEPの必要性が減少します。
 
子供から成人まですべての人々を対象に、犬の行動様態と咬傷予防に関する教育を実施することは、狂犬病予防接種プログラムの延長として不可欠であり、人の狂犬病発生率と犬に咬まれた患者の治療にかかる経済的負担の両方を減少させることが可能です。

人への予防接種

狂犬病に曝露した後にPEPとして、あるいは曝露する前に、狂犬病ワクチンを接種することができます。曝露前予防措置(以下、「PrEP」という。)は、特定の高リスクの職業である、生きた狂犬病ウイルスや狂犬病関連ウイルスを扱う検査従事者等、および職業上または私生活において、狂犬病に感染している可能性のあるコウモリやその他の哺乳動物と直接接触する可能性がある人(動物疾病管理職員や野生動物保護官など)に推奨されています。
 
PrEPは、旅行者や、狂犬病予防薬へのアクセスが限られている遠隔地かつ狂犬病流行地域に住む人々にも実施するとよいでしょう。

症状

狂犬病の潜伏期間は通常2~3カ月ですが、ウイルス侵入部位やウイルス量などの要因により、1週間から1年まで変動します。狂犬病の初期症状には、発熱、痛み、創傷部位の知覚異常または原因不明の痛み、刺痛、灼熱感などの一般的な徴候が含まれます。ウイルスが中枢神経系に移行すると、脳と脊髄に進行性の致命的な炎症が生じます。臨床的な狂犬病は、管理することは可能ですが、治癒することは非常にまれであり、重度の神経学的障害が発生します。

狂犬病には2つの型があります。

・狂騒型の狂犬病は、運動過多、興奮、幻覚、協調性の欠如、恐水症(水に対する恐怖)および恐風症(すきま風または新鮮な空気に対する恐怖)を引き起こします。心肺停止により、数日後に死亡します。
・麻痺型の狂犬病は、ヒトの全症例の約20%を占めています。この型の狂犬病は、狂騒型ほど激しくはなく、通常、長い経過をたどります。創傷部位から徐々に筋肉が麻痺していきます。徐々に昏睡状態になり、最終的には死に至ります。狂犬病の麻痺型はしばしば誤診され、本疾患の報告数が少ない一因となっています。

診断方法

現在の診断方法は、臨床的な疾患の発症前に狂犬病の感染を検出することに適しておらず、狂犬病の特異的な症状が現れるか、狂犬病疑いの動物との接触歴がなければ、臨床診断は困難です。人の狂犬病は、生検や死亡解剖で、ウイルスの全体像、ウイルス抗原、または感染組織(脳、皮膚、尿または唾液)中の核酸の検出など様々なウイルス診断技術により、確定することができます。

感染経路

人は通常、狂犬病を持っている動物からの深い咬傷や掻傷で感染し、狂犬病の犬からの人へ感染が99%を占めています。 また、感染した動物の唾液が粘膜(目や口など)や皮膚の傷に直接触れた場合にも感染することがあります。
 
アメリカ大陸の地域では、犬による狂犬病の伝播はほとんど阻止されているため、現在は、コウモリが人の狂犬病の死亡の主な原因となっています。コウモリによる狂犬病は、最近オーストラリアや西ヨーロッパでも公衆衛生上の脅威となっています。
 
キツネ、アライグマ、スカンク、ジャッカル、マングースおよびその他の野生肉食動物を宿主とする種に曝露した後の人間の死亡は非常にまれであり、げっ歯類からの咬傷による狂犬病感染の記録はありません。
 
ウイルスを含むエアロゾルの吸入や感染した臓器の移植による狂犬病の感染も報告されていますが、極めてまれです。咬傷や唾液を介したヒトからヒトへの感染は理論的には可能ですが、確認されたことはありません。また、感染した動物の生肉や生乳を摂取することによるヒトへの感染も同様で、理論上は可能ですが報告はありません。

曝露後予防接種(PEP)

暴露後予防接種(PEP)は、狂犬病に暴露された後、直ちに咬傷の被害者が受ける緊急対応の治療です。これによりウイルスが中枢神経系に侵入し、死に至るのを防ぎます。
 
・曝露後、できるだけ早く、水と石鹸で最低15分間、傷口を広範囲に洗浄し、局所治療を行う。
・WHOの基準を満たす効果的な狂犬病ワクチンの接種を受けること
・狂犬病免疫グロブリンまたはモノクローナル抗体の創部への投与(適応される場合)。

曝露リスクとPEPの適応

狂犬病が疑われる動物との接触の深刻さに応じて、下記のPEPの全コースを実施することが推奨されます。
 
表:接触状況の分類と推奨される曝露後予防接種(PEP)
区分 狂犬病保有と思しき動物との接触状況 曝露後の対応
区分1 動物の餌付け、撫でる。動物に舐められる(曝露なし) 露出した皮膚の洗浄(PEP不要)
区分2 露出した肌に甘噛み、軽微で出血のないひっかき(曝露) 傷口の洗浄と速やかなワクチン接種(PEP)
区分3 皮膚を貫通する複数の咬傷かひっかき傷、粘膜または傷口と動物の唾液との接触、コウモリとの接触(重度の曝露) 傷口の洗浄、速やかなワクチン接種(PEP)、狂犬病免疫グロブリン、モノクローナル抗体療法
区分2および3は暴露後予防接種(PEP)を要します。

WHOの取り組み

狂犬病は、WHOの「顧みられない熱帯病撲滅のための世界的取組(ロードマップ)2021-2030」に含まれており、対象疾患の制圧に向けた地域ごとの段階的な目標が設定されています。狂犬病はその一つです。人獣共通感染症であるため、国、地域、世界の各レベルで部門を超えた緊密な連携が必要です。
・WHO、食糧農業機関(FAO)、世界動物保健機関(WOAH、OIEとして設立)は、狂犬病対策への活動と投資を呼びかける多角的な枠組み「狂犬病対策連合フォーラム(UAR)」を発足しました。
・狂犬病は、ワンヘルスの人材育成に大きく貢献することができます。
・WHOはパートナー機関と協力して、各国が狂犬病撲滅計画を策定・実施する際の指導・支援を行っていますが、データは不十分なままです。疾病サーベイランス、データ報告、狂犬病プログラムの監視を増強することは、引き続き優先的に取り組むべき課題です。
・WHOは、狂犬病に関する技術ガイダンスを作成し、各国の能力開発を支援しています。
・2019年、ワクチンアライアンスであるGaviは、ヒトにおける狂犬病ワクチンをワクチン投資戦略2021-2025に盛り込み、Gavi対象国における狂犬病PEPのスケールアップを支援することになりました。現在、本戦略の展開は、新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、まだ延期されています。
有効な狂犬病撲滅プログラムを実施するための鍵は、地域コミュニティとの連携、小規模からの展開、活性化策による長期投資の促進、政府の主体性の確保、成功と費用対効果の実証、迅速な規模拡大にあります。
狂犬病撲滅は、この目標に優先順位をつけ、財政的・政治的に十分な支援を行えば、実現・達成可能なものであると考えられます。

出典

WHO. Fact sheets 19 January 2023
Rabies
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/rabies