中東呼吸器症候群―オマーン国

Disease outbreak news  2023年2月8日

発生状況一覧

2023年1月5日、オマーン国(以下、「オマーン」という。)のIHR(国際保健規則)に基づく国の連絡窓口は、オマーンの北バーティナ(North Batinah Governorate)の60歳男性の中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の患者をWHOに通知しました。この患者は、ヒトコブラクダ、ヤギ、ヒツジとの物理的な接触歴、ラクダ由来の製品、ラクダの乳や尿と接触はありませんでした。発症前14日間の暴露歴を特定するために行われた調査によると、北バーティナの患者の居住地域でラクダレースの練習が行われていたことが判明しました。合計76人の濃厚接触者が、この患者との最後の接触日から14日間追跡調査されました。現在までのところ、二次感染者は報告されていません。

発生の概要

2023年1月5日、オマーンのIHR(国際保健規則)に基づく国の連絡窓口は、オマーンの北バーティナから中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の患者1名の発生をWHOに通知しました。
 
患者は、北バーティナ在住の60歳男性、非医療従事者で、併存疾患があり、12月28日に胸部不快感、息切れ、発熱などの症状を発症し、症状は6日間続きました。1月2日、二次病院の救急部に運ばれ、非侵襲的換気のために循環器病棟に入院となりました。この患者は、入院する前に、別の2つの医療機関でも診察を受けていました。その後、臨床的および放射線学的な改善を示し、2023年1月16日に退院となりました。
 
2023年1月3日に重症急性呼吸器感染症(SARI)のスクリーニングが開始され、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)検査によりMERS-CoVが確認されました。発症前14日間における、リスク要因への曝露歴を調査したところ、北バーティナ県にある患者の居住地と同じ地域でラクダレースの演習の実施があったことが確認されました。患者の職業は運転教官であり、この患者と、ヒトコブラクダ、ヤギ、ヒツジと物理的な接触歴や、ラクダ由来の製品、ラクダの乳や尿との接触歴はありませんでした。
 
2022年5月にオマーンから最後のMERS-CoV感染者が報告されています。オマーンでは、2013年6月に国内史上初のMERS-CoVの検査確定症例が報告されています。それ以降、今回の症例を含め、オマーンでは7人の死亡者を含む26人のMERS-CoV感染者が報告されています(CFR 27%)。

中東呼吸器症候群(MERS)の疫学

中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と呼ばれるコロナウイルスによって引き起こされるウイルス性呼吸器感染症です。ヒトは、MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダに直接または間接的に接触することにより、MERS-CoVに感染します。
 
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状から、重度の急性呼吸器疾患および死亡に至るまで、様々な症状を呈します。MERS-CoV感染症の典型的な症状としては、発熱、咳、息切れが挙げられます。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢を含む消化器症状も報告されています。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの合併症や慢性疾患を持つ人に、より重篤な疾患を引き起こすと考えられています。重症化すると呼吸不全を引き起こし、集中治療室での人工呼吸器による管理が必要になることもあり、致死率が高まることもあります。
 
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が開発中です。治療は支持的で、患者の臨床状態や症状に基づいて行われます。

公衆衛生上の取り組み

・感染源を特定するために、症例の曝露歴が収集されました。
・接触者リストには、家族や職場からの接触者24名、医療従事者51名(2つの医療施設から12名、入院していた病院から39名)、患者1名が含まれていました。
・医療従事者は、保健省(MOH)の感染予防管理ガイドラインに従い、個人防護具(PPE)を使用していました。
・接触者リストのすべての接触者、特に医療従事者における高リスクの接触者たちも含め、MERS-CoV患者との最終接触日から14日間、症状の追跡,監視,追跡調査がなされました。
・76人の接触者のうち、MERS-COVへの曝露と症例に関するMOH感染予防管理ガイドラインに従うと、7人の接触者が軽い呼吸器症状を呈した(医療従事者5人、家族2人)。これら7人の接触者は、RT-PCRによるMERS-CoVの検査を受け、結果は陰性でした。

WHOのリスク評価

中東呼吸器症候群(MERS)は、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)というコロナウイルスによって引き起こされる、ヒトとラクダのウイルス性呼吸器感染症である。MERS-CoVに感染すると、重症化し、死亡率が高くなることがあります。2012年以降、世界的にMERS-CoV感染者の症例致死率(CFR)は約36%となっていますが、これは従来の監視システムで軽症例が見落とされている可能性があり、また、この疾患についてさらなる解明がすすむまで、症例致死率は検査確定症例のみをカウントしているので、本来のの死亡率に対する過大評価となっている可能性があります。
 
ヒトの感染は、MERS-CoVの宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接または間接的な接触により発生します。MERS-CoVは、ヒトーヒト間で感染する能力もあります。これまでのところ、観察されたヒトーヒト間の感染は、濃厚接触者間や医療現場で起こっています。医療環境以外でのヒトからヒトへの感染は限定的です。
 
オマーンでは、MERS-CoVの感染例は稀です。 2013年6月以降、今回の症例を含め、合計26人の感染者と7人の死亡者がオマーンからWHOに報告されています。
 
WHOに報告された全世界の検査確定MERS-CoV感染症例は、2022年12月現在、関連死亡者935人(CFR36%)を含む2,603人です。報告された症例の大半は、アラビア半島の国々で発生しています。この地域以外では、2015年5月に韓国で1件の大規模なアウトブレイクが発生し、その際に186人の検査確定患者(韓国で185人、中国で1人)と38人の死亡者(CFR 21%)が報告されています。世界の数字は、国際保健規則(IHR2005年)の下でWHOに報告されたこれまでの検査確定症例と死亡者の合計数を反映しています。
 
この症例報告による全体的なリスク評価は変わりません。WHOは、MERS-CoVがヒトコブラクダで蔓延している中東やその他の国からさらなる感染者が報告され、ヒトコブラクダおよびその関連製品との接触(例えば、生のラクダの生乳の摂取)、あるいは医療現場でウイルスに曝露した人から、引き続き他国へ感染者が輸出されていくだろうと予想しています。
 
WHOは引き続き疫学的状況を監視し、最新の情報に基づいたリスク評価を行っています。

WHOからのアドバイス

サーベイランス: 現在の状況と得られた情報に基づき、WHOはすべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症のサーベイランスを徹底し、通常の疾病発生パターンと異なる異常なパターンを慎重に確認することが重要であると改めて指摘しています。
 
医療現場における感染予防と管理:医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の発見の遅れ、疑い例のトリアージの遅れ、感染予防と制御(IPC)対策の実施の遅れと関連しています。したがって、IPC対策は、特に医療施設において、人々の間で起こりうるMERS-CoVの拡散を防ぐために非常に重要です。
 
医療従事者は、医療現場でのあらゆるやりとりにおいて、すべての患者に対して常に以下に示す標準予防策を一貫して適用する必要があります。
・急性呼吸器感染症の症状のある患者にケアを提供する際、標準予防策に加え、飛沫予防策を追加。
・MERS-CoV感染疑い、あるいは確定症例のケアをする際、接触予防策と目の保護を追加。
・エアロゾルを発生させる処置を行う、またはエアロゾルを発生させる処置を行う環境では、空気感染予防策を適用。
 
医療現場における感染を防止または予防するためのIPC戦略には、以下のようなものがあります。
・トリアージ、早期発見、感染源管理(MERS-CoVが疑われる患者の隔離)を確実に行う。
・すべての患者に標準予防策を適用する。
・MERS-CoVの疑い症例に対する経験的追加予防措置(飛沫感染予防措置、接触感染予防措置、および該当する場合は空気感染予防措置)を実施する。
・管理的予防措置の実施。
・環境および工学的管理の実施。
 
地域社会における感染予防と管理: 動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守することが肝要です。また食品衛生を遵守することも大切です。ラクダの生乳や尿などを摂取したり、適切に調理されていない肉を食べたりすることは避けるべきです。
 
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全者などの基礎疾患を持つ人々により深刻な症状を引き起こすと考えられています。したがって、これらの基礎疾患を持つ人は、農場、イベント(ラクダレースやラクダのコンテストなど)、市場、またはヒトコブラクダの飼育されている納屋を訪れる際には、すべての動物に加え、特にヒトコブラクダとの密な接触を避ける必要があります。
 
症例管理: 患者の早期発見、症例管理、患者および接触者の隔離に加え、医療現場での適切な感染予防と管理対策、公衆衛生への啓発がMERS-CoVのヒトからヒトへの感染を防ぐことにつながります。
 
MERS患者の支持療法は、特に重症化する危険性のある患者に対して、迅速、効果的、かつ安全に行う必要があります。
 
海外への渡航と貿易:WHOは本事例に関連して、入国地での特定のMERS-CoVスクリーニング実施は推奨せず、また現時点では、いかなる旅行や貿易の制限の適用も推奨していません。

出典

Middle East Respiratory Syndrome – Oman
Disease Outbreak News 8 February 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON436