デング熱-世界の状況

Disease outbreak news 2023年12月21日

発生状況一覧

世界概況
現在の状況
デング熱の世界的発生率は過去20年間で著しく増加し、公衆衛生上の大きな課題となっています。2000年から2019年にかけて、世界保健機関(WHO)は、世界で報告された症例が50万人から520万人へと10倍に急増したことを記録しています。2019年は前例のないほど発生が急増し、報告例は129カ国に広がりました。

新型コロナウイルス感染症の流行と報告率の低下により、2020年から2022年にかけて症例がわずかに減少した後、2023年には、デング熱症例の急増が世界的に観察されています。特徴としては、発生数や規模、複数のアウトブレイクの同時発生が大幅に増加し、これまでデング熱の流行していなかった地域にも広がっていることです。

デング熱の感染には周期性があり、3~4年ごとに大規模な流行をしています。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、デング熱の感染がいくつかの地域では中程度であり、他の地域では少なかったことで、特定のデングウイルス血清型に対する免疫のない人々が増加しました。しかし、流行しているデングウイルスの血清型に関するデータは限定的です。

2023年初頭以来、デング熱の感染は続いており、予期せぬデング熱患者の急増と相まって、80以上の国・地域とWHOのアフリカ、アメリカ、東南アジア、西太平洋、東地中海の5地域で、500万人以上のデング熱患者と5,000人以上のデング熱関連死が報告され、歴史的な高水準に近づいています(図1)。これらの症例の80%近く、410万件がアメリカ大陸地域で報告されています。デング熱は最も蔓延しているアルボウイルスであり、アメリカ大陸地域で最も多くのアルボウイルス感染症の患者を発生させており、3~5年ごとに周期的な流行が繰り返されています。また、WHOヨーロッパ地域でも自国内発生のデング熱の集団感染が報告されています。しかし、最初の感染のほとんどが無症状であり、多くの国ではデング熱の報告が義務付けられていないため、これらの数字は実際よりも過小報告となっている可能性があります。

デング熱の流行拡大リスクには、特に以前はデング熱に感染していなかった国々における媒介蚊(主にネッタイシマカとヒトスジシマカ)の分布の変化、2023年のエルニーニョ現象や気候変動による気温の上昇と降雨量の増加、湿度の上昇、新型コロナウイルス感染症のパンデミック中にある脆弱な保健システム、複雑な人道的危機に直面している国々における政治的・財政的不安定性、高い人口移動など、いくつかの要因が関連しています。これらの要因が流行への対応や他国へのさらなる感染拡大のリスクにもつながります。多くの感染発生国における監視システムの脆弱さが、報告や対応の遅れ、症状の見落としを招き、デング熱の重症化につながった可能性があります。

WHOは、感染リスクの増大、症例数と死亡数の急増を考慮し、世界的にリスクが高いと評価しています。


図1:デング熱の自国内感染者が報告されている国・地域・区域(2022年11月~2023年11月)*。
* 入手可能な最新のデータに基づく(データは、地域間の報告率や症例の定義の違いを考慮して解釈されるべきです)。

地域概要
WHOアフリカ地域
アフリカは、黄熱、デング熱、チクングニア熱、オニョンニョン熱、リフトバレー熱、ジカ熱など、最もアルボウイルス感染症が流行している4つの地域のひとつです。2023年には、この地域の国々で171,991人のデング熱患者が報告され、753人が死亡しました。 30カ国以上のアフリカ諸国から帰国した旅行者の間で、デング熱の感染が確認されています。

47カ国中、ベナン共和国、ブルキナファソ、カーボベルデ共和国、チャド共和国(以下、「チャド」という。)、コートジボワール共和国、エチオピア連邦民主共和国、ガーナ共和国、ギニア共和国(以下、「ギニア」という。)、マリ共和国、モーリシャス共和国(以下、「モーリシャス」という。)、ニジェール共和国、ナイジェリア連邦共和国、サントメ・プリンシペ民主共和国(以下、「サントメ・プリンシペ」という。)、セネガル共和国、トーゴ共和国の15カ国から発生が報告されています。ほとんどの国々では2023年に感染が始まっていますが、サントメ・プリンシペでは2022年4月に発生したアウトブレイクが継続したものでした。2023年12月19日現在、11カ国で発生が続いており、チャド、ギニア、モーリシャス、サントメ・プリンシペでは終息が宣言されました。

2023年にこの地域で最も感染が拡がった国はブルキナファソで、2021年と2022年の同時期と比べてデング熱患者が大幅に増加しています。12月18日現在、同国で報告された2023年の累積症例数は、疑い症例数146,878例で、このなかには68 ,346例の推定症例(迅速診断検査陽性)と疑い症例のうち688例の死亡例が含まれており、致死率は0.5%です。

アフリカにおけるデング熱の問題は、1)マラリアや他の熱帯熱性疾患とよく似た非特異的な臨床症状を示すこと、2)デング熱を適時に検出、確認するための検査能力が限られており、このことは症例を発見、報告し、蔓延を防ぐために極めて重要な要因であること、3)特にデング熱のサーベイランスが不十分で、症例報告が限られていることなどのため十分に理解されていません。

この地域におけるデング熱やその他のアルボウイルス感染症の感染動向をよりよく理解するための努力が続けられています。  WHOアフリカ地域事務局は、アフリカ地域における熱帯病およびベクター媒介感染症の統合的制御、撲滅、根絶のための枠組み(Framework for the Integrated Control, Elimination and eradication of tropical and vector-borne diseases in the African Region 2022-2030(英文))を承認し、WHOアフリカ地域の対象加盟国による世界アルボウイルスイニシアティブの実施のための枠組み(Framework for implementation of the Global Arbovirus Initiative by targeted Member States in the WHO African Region(英文))を起草しました。

WHOアメリカ地域
2023年1月1日から2023年12月11日の間に、アメリカ大陸地域の42の国・地域から、重症例6,710例(疑い例全体の0.16%)と死亡例2,049例(致死率 0.05%)を含む、合計410万例のデング熱疑い例(人口10万人当たりの累積発症率419例)が報告され、15カ国がアウトブレイクを報告しています。2023年11月12日(2023年第48疫学週)までのデング熱症例総数のうち、1,895,122例(45%)が検査確定されました。

現在、46の国・地域が、アメリカ大陸保健情報プラットフォーム(PLISA)を通じて、デング熱による症例総数、発生率、重症例、死亡例、致死率、および昆虫学的サーベイランスデータを週単位で体系的に報告しています。第48疫学週まででは、デング熱が疑われる症例数はブラジル連邦共和国(以下、「ブラジル」という。)が最も多く、合計2,909,404例、人口10万人あたり1,359例、次いでペルー共和国(以下、「ペルー」という。)で合計271,279例、人口10万人あたり813例、メキシコ合衆国(以下、「メキシコ」という。)で合計235,616例、人口10万人あたり179例となっています。重症デング熱では、コロンビア共和国(以下、「コロンビア」という。)が最も多く合計1,504例、全体の1.35%、次いでブラジル(合計1,474例、全体の0.05%)、メキシコ(合計1,272例、全体の0.54%)、ペルー(合計1,065例、全体の0.39%)、ボリビア多民族国(合計640例、全体の0.44%)の順でした。

デング熱は南米、メキシコ、中米、カリブ海諸国のほとんどの国で流行しているが、2023年後半は驚くほど症例が増加しており、その年の累積症例数は過去のすべての年次合計を上回っており、一部の国ではこれまでに流行していた地域の数を越えて感染が拡大しています。アメリカ大陸では過去40年間にデング熱症例数が増加しており、1980年から1989年の150万人から、2010年から2019年の1,750万人へと増加しています。2023年以前では、過去のデング熱症例数が最も多かったのは2019年で、318万人以上の症例、28,208人の重症例、1,823人の死亡例がありました(致死率 0.06%)。

デングウイルスは最も広く蔓延しているアルボウイルスであり、アメリカ大陸地域で最も多くのアルボウイルス感染症の患者を発生させており、3~5年ごとに周期的な流行が繰り返されています。この地域では現在、約5億人がデング熱感染の危険にさらされています。デング熱の媒介蚊であるヒトスジシマカはアメリカ大陸に広く分布しており、デング熱とその媒介蚊が存在しないのはカナダだけです。ネッタイシマカが存在しているウルグアイ東方共和国では、2016年に限定的な自国内感染が最後に報告され、それ以降は輸入症例のみが報告されています。

デングウイルスには4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があり、4つすべてが現在アメリカ大陸で流行しています。DENV-1とDENV-2の検出が数年間優勢であった後、2023年にはDENV-3とDENV-4の検出頻度が増加しています。それにもかかわらず、9カ国が4つのデング血清型すべての同時流行を報告しています。ブラジル、コロンビア、コスタリカ共和国、グアテマラ共和国、ホンジュラス共和国、メキシコ、ニカラグア共和国、パナマ共和国、ベネズエラ・ボリバル共和国では、これらすべての血清型の同時流行が検出されています。アメリカ大陸アルボウイルス診断研究所ネットワーク(RELDA:スペイン語の頭文字)は、新しいデング血清型の発生や、チクングニア熱、ジカ熱、ウエストナイルウイルスなど、現在デング熱と並んでこの地域で流行している他のアルボウイルス感染症の再興に対処するために強化されました。このネットワークの主な目的は、効率的な検査機関におけるサーベイランスと、アウトブレイクや流行に対応するための強固な体制を確保することです。

WHO東地中海地域
デング熱および重症デング熱の流行は、1998年にこの地域で初めて報告されて以来、その頻度は増加し、地理的にも広がりを見せており、アフガニスタン・イスラム共和国(以下、「アフガニスタン」という。)、ジブチ共和国、エジプト・アラブ共和国(以下、「エジプト」という。)、オマーン国(以下、「オマーン」という。)、パキスタン・イスラム共和国(以下、「パキスタン」という。)、サウジアラビア王国(以下、「サウジアラビア」という。)、ソマリア連邦共和国(以下、「ソマリア」という。)、スーダン共和国(以下、「スーダン」という。)、イエメン共和国(以下、「イエメン」という。)の9か国すべてで流行が発生しています。
その中には、アフガニスタン、パキスタン、スーダン、ソマリア、イエメンなど、脆弱で紛争の影響を受けやすい国々も含まれています。スーダンでは保健サービスの中断により、アフガニスタン、ソマリア、スーダン、パキスタン、イエメンでは脆弱な保健システム、さらに、大規模な人口移動、水と衛生のインフラの脆弱さ、ソマリア、スーダン、パキスタン、イエメンを襲った洪水やアフガニスタンでの地震のような繰り返される自然災害がデング熱の流行状況を悪化させています。エジプト、オマーン、サウジアラビアなどの中・高所得国でも、異常な降雨をもたらす気候変動により、アウトブレイクが報告されています。パキスタンでは20,072例、それ以外にもサウジアラビア、オマーンでは、2023年のこれまでに最も多くの症例数が確認されたことが報告されています。

これらの流行の間、デングウイルスの4つの血清型すべてがこの地域で流行していました。東地中海地域の流行国では、デング熱を媒介する主要な媒介蚊はネッタイシマカです。最近、バーレーン、イラン・イスラム共和国(以下、「イラン」という。)、カタール国では、デング熱の地域感染は記録されていないものの、ネッタイシマカの存在が報告されています。さらに、デング熱の第二の媒介蚊であるヒトスジシマカの存在も東地中海地域の10カ国(アフガニスタン、イラン、ヨルダン、レバノン共和国、モロッコ王国、オマーン、パキスタン、パレスチナ、シリア・アラブ共和国、チュニジア共和国)から報告されています。

デング熱への有効な対応策は、1) 検査能力の制約 2) 医療へのアクセスの課題 3) 人材の不足 4) 限定的で一貫性のないベクターサーベイランス 5) 殺虫剤耐性の媒介蚊 6) コミュニティの関与と健康教育の不足7) 断片的な症例サーベイランス・システム 8)東地中海地域の多くの国々で起こっている武力紛争などの要因によって妨げられ、対応を一段と複雑なものにしています。

WHOヨーロッパ地域
デング熱はWHOヨーロッパ地域では流行しておらず、症例は主に渡航に関連したものですが、2010年以降、クロアチア共和国、フランス共和国(以下、「フランス」という。)、イスラエル国、イタリア共和国(以下、「イタリア」という。)、ポルトガル共和国(以下、「ポルトガル」という。)、スペイン王国(以下、「スペイン」という。)など、WHOヨーロッパ地域の多くの国で自国内感染の症例報告がありました。最も包括的なデータが入手できた2018年には、地域の年次サーベイランスデータ収集を通じて合計2,500件のデング熱症例がWHOに報告され、ドイツ連邦共和国、フランス、英国が症例の大部分を占めていました。症例の大半は輸入によるものですが、データの完全性には依然として課題が残されています。

2023年1月1日から12月5日の間に、イタリア(82例)、フランス(43例)、スペイン(3例)と、3カ国で散発的な自国内感染の症例とアウトブレイクが報告されています。WHOヨーロッパ地域の加盟国では、渡航歴や臨床的疑いがない限り、デング熱の定期検査は一般的ではないため、2023年の実際のデング熱症例数は過小評価されている可能性が高いと考えられます。 輸入された渡航関連症例による死亡がイタリアで1例報告されましたが、2023年現在までに欧州諸国では追加の死亡例は報告されていません。

ヨーロッパでは、デングウイルスの主な媒介蚊であるヒトスジシマカが南ヨーロッパ諸国に定着しています。ヒトスジシマカは過去10年間にさらに生息地域を北や西にも広げるようになり、冬には冬眠する能力もあります。2023年には、この地域の13カ国で同種の蚊が確認されており、2013年の8カ国から顕著に増加しています。

寒い冬は蚊が媒介する疾病の通年感染を防ぐのですが、ヨーロッパではデングウイルスの感染に適した気候が増えつつあり、洪水やよどんだ水溜まりの発生につながっています。こうした環境の変化が媒介蚊にとってより有利な条件を作り出す結果となっています。ネッタイシマカは、ほとんどの国でデング熱の主な媒介蚊ですが、冬を越すことはないものの、2022年以降、キプロスやポルトガルのマデイラ島に定着しています。

こうした傾向は、デング熱症例数の増加や死亡例の増加につながる可能性があります。

早期診断、症例紹介、重症例の管理など、多くの国における強固な公衆衛生システムは、輸入症例と自国内感染症例の両方において、深刻な健康への影響やさらなる疾病の蔓延を抑えることに貢献しています。   

WHO東南アジア地域
WHO東南アジア地域では、11加盟国のうち10カ国がデングウイルスの流行国です。2023年には、バングラデシュ人民共和国(以下、「バングラデシュ」という。)やタイ王国(以下、「タイ」という。)を含むいくつかの国で、例年に比べてデング熱患者が顕著に急増していることが報告されています。特に、インド、インドネシア共和国(以下、「インドネシア」という。)、ミャンマー連邦共和国、スリランカ民主社会主義共和国、タイは、世界で最もデングウイルスが蔓延している30カ国にランクインしています。 

2022年と比較して2023年にはバングラデシュとタイでデング熱の症例数が増加しており、バングラデシュでは、2022年の62,382人から2023年は11月までに308,167人にのぼり、症例数は大幅に増加しています。タイでは、2022年の46,678人から2023年(11月22日現在)は136,655人に増え、症例数は300%以上の増加となりました。同期間の死者数は、バングラデシュでは281人(致死率 0.45%)から1,598人(致死率 0.52%)になり、タイでは34人(致死率0.07%)から147人(致死率0.11%)に増加しました。その他の国の致死率は、ネパールの0.04%からインドネシアの0.72%までの幅がありました。国によって症例の定義が異なり、入院または重症のデング熱症例を報告することに主眼を置いているシステムもあるため、これらの値を慎重に解釈することが重要となります。

さらに、デング熱の流行状況の地理的・時間的変化が2022年に観察され、2023年も同様の変化が継続していました。ネパールとバングラデシュでは、例年よりも早い時期に症例数が急増しました。ネパールでは、2022年のカトマンズ渓谷から2023年には南東部のテライ地域とガンダキ県の丘陵地帯に移って拡大していました。インドでは、2023年にはバングラデシュと国境を接するケララ州と北東部で前年より症例数が増加していました。

WHO西太平洋地域
西太平洋地域は、蚊が媒介するアルボウイルス感染症、特にデング熱の大規模な蔓延に直面し続けています。これらの病気は、特に質の高いプライマリー・ヘルスケア(PHC)サービスが行き届いていない人々の間で、重大な罹患率と死亡率を引き起しています。

2023年1月1日から2023年12月7日の間に、WHO西太平洋地域にある、オーストラリア連邦、カンボジア王国(以下、「カンボジア」という。)、中華人民共和国、ラオス人民民主共和国(以下、「ラオス」という。)、マレーシア、フィリピン共和国(以下、「フィリピン」という。)、シンガポール共和国、ベトナム社会主義共和国(以下、「ベトナム」という。)の8つの国・地域から50万人以上のデング熱患者と750人の死亡が報告されています。最も感染者が多いのはフィリピンで、167,355人の患者と575人の死亡者(致死率0.34%)が報告され、ベトナムは149,557人の患者と36人の死亡者(致死率0.02%)が報告されています。デング熱はカンボジア、ラオス、フィリピン、ベトナムなどいくつかの国で流行しています。  

太平洋島嶼の21の国・地域では、2023年11月30日現在にデング熱様疾患が9つの国・地域から報告され、合計13,339人の患者が発生し、2022年に比較して28%の増加となっています。最も影響が大きかったのはフィジー共和国(以下、「フィジー」という。)で、2022年の8,418例から2023年には11,522例が報告され、37%の増加となっています。  

デング熱が流行している加盟国では、デング熱の季節性流行が長期化し、その規模の拡大と地理的な広がりが報告され続けています。一方、特に太平洋島嶼国・地域では、デング熱の症候学的サーベイランス(DLI)報告システムに基づき報告されているデング熱の症例が過小報告されているため、罹患率データの信頼性は低いものになっています。さらに、重症デング熱による死亡者数の報告にはばらつきがあります。そのため、国レベルおよび地域レベルの症例の致死率に一貫性がないように見えることがあります。  

西太平洋地域におけるデング熱の蔓延による公衆衛生上の負担のため、2008年にWPR地域委員会は「アジア太平洋地域のデング熱戦略計画2008-2015」(決議WPR/RC59.R6(英文))を承認し、行動指針としての役割を果たすものを作成しています。その後、2016年には、デング熱の罹患率と死亡率の地域的傾向の高まりを考慮し、「デング熱予防と対策のための西太平洋地域行動計画」が策定されました。この計画では、デング熱の流行を食い止めることから、デング熱の地域社会に与える影響を軽減することへ戦略を転換することが推奨されました。太平洋地域の非流行国には、既存のWHOの「ヤブカ対策における国家サーベイランスと防除計画の枠組み(英文)」の遵守を促すものになります。気候変動がアルボウイルス感染症の蔓延と流行に与える影響を考えると、気候、疾病、ウイルス・血清学、昆虫学のサーベイランスを統合した包括的な早期警報システム(EWS)を確立することが極めて重要です。このようなシステムは、脆弱な地域社会における将来のリスクを予測できる可能性があります。 

デング熱の疫学

デングウイルス(DENV)は、世界中の熱帯および亜熱帯気候で、主に都市部や準都市部で感染した蚊に刺されることによってヒトに感染します。この病気を媒介する主な媒介蚊はネッタイシマカ(Aedes aegypti)ですが、ヨーロッパや北米など一部の地域ではヒトスジシマカ(Aedes Albopictus)がより広く生息しています。

デングウイルスには4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があります。1つの血清型に感染すると、同じ血清型に対しては長期間の免疫が得られますが、他の血清型に対しては一過性の免疫しか得られず、その後2度目として異なる血清型に感染すると重症デング熱のリスクが高まります。デング熱はほとんどの場合、無症状か軽度の発熱性疾患です。しかし、ショック、重度の出血、重度の臓器障害を伴う重症デング熱を発症する症例もあります。この段階は熱が下がった後に始まることが多く、激しい腹痛、持続的な嘔吐、歯茎からの出血、体液の貯留、嗜眠や落ち着きのなさ、肝臓肥大などの警告サインが先行します。

デング熱に特異的な治療法はありませんが、デング熱患者の適時の診断、重症デング熱の警告サインの識別、適切な臨床管理が重症デング熱への進行と死亡を防ぐ治療の重要な要素となっています。

公衆衛生上の取り組み

加盟国間の能力の不均衡は、デングウイルスの流行および伝播の探知と対応能力に影響します。アメリカ大陸、東南アジア、西太平洋地域の大半の国はデング熱の流行地域であり、症例を管理する能力を持っていますが、国によっては症例の報告を義務付けていないため、症例の過少報告や非報告によって地域内に対応能力に脆弱な部分が生じています。WHOの複数の地域で同時多発的に発生する感染症は、流行対応能力に負担がかかります。早期発見のための良質なデング熱診断キットの不足、訓練を受けた臨床および媒介蚊駆除スタッフの不足、リスクコミュニティやコミュニティ参加への介入を支援するリソースの不足など、世界的なリソースの不足により、複数の同時発生に対応する全体的な能力が引き続き圧迫されています。デング熱の予防と制圧は、各地域で優勢なデング熱血清型の変化や複数のデング熱血清型の同時流行、限られた資金、競合する保健上の優先事項、介入策や制圧策の有効性に関する人々の多様な認識のため、依然としてばらつきがあります。特にアフリカ地域の多くの国々では、サーベイランスや対応能力が限られており、前述の通り、東地中海沿岸の加盟国のうち、デング熱発生国である5カ国は紛争や自然災害に直面しています。

これらの地域内の感染国の政策立案者に影響を与えるために、統合的なアプローチで啓発活動と資源動員を強化することが急務となっています。 

WHOでは、この事象への対応において加盟国を支援するため、以下の活動を実施しています。

1.調整とリーダーシップ
・WHOにWHO健康危機対応プログラム(対応部門と準備部門)と顧みられない熱帯病部門の技術専門家が参加する世界合同対策チーム(IMST)を設置し、アウトブレイクへの対応を支援します。 
・包括的な世界アルボウイルスイニシアティブに沿った統合的対応の実施。世界アルボウイルス構想は、流行の可能性があり、パンデミックの可能性もある新興・再興アルボウイルスに取り組むための統合戦略計画であり、リスクの監視、パンデミックの予防、準備、検知、対応、パートナー機関の連携の構築に重点を置いています。このイニシアチブは、世界健康危機対応プログラム、顧みられない熱帯病対策部、予防接種・ワクチン・生物学部門の共同作業です。この統合的イニシアチブは、これらの病気による感染症の増大するリスクを軽減するために必要な調整、コミュニケーション、能力開発、研究、準備、対応を強化するために、主要なパートナーの連携を構築するものです。

2.準備と対応
・リスクマッピングを実施し、各国を準備、準備態勢、対応の各側面で分類し、適切な介入パッケージを策定できるようにします。
・ニーズと必要資金を含む準備と対応に関する世界的な業務対応計画と戦略計画の策定。
・デング熱の発生に対する準備と対応に関するガイドラインの策定を通じて、加盟国を支援すること(疫学的・昆虫学的サーベイランス、検査診断とゲノムサーベイランス、臨床管理、リスクコミュニケーションとコミュニティへの関与(RCCE)、ベクターサーベイランスとコントロール、保健サービスの組織強化など)。  
・進行中のすべてのアウトブレイクに対する技術支援の提供(疫学、検査、症例管理、行動科学を含むRCCE、媒介昆虫と環境のサーベイランスと管理)。

3.多部門連携
・デング熱だけでなく、その他のアルボウイルス感染症の発生に備え、対応しながら、多部門にわたるワンヘルス(One Health)戦略の採用を支援します。  
・ワンヘルスおよび気候変動パートナー機関との協力により、デング熱の発生に対する多部門的対応を調整します。
・GOARN (Global Outbreak Alert and Response Network:地球規模感染症に対する警戒と対応ネットワーク)およびスタンバイ・パートナー機関を通じて、大規模なアウトブレイクが発生している国への専門家の派遣を支援します。  
  
4ベクターコントロール活動
・ガイドラインの発行、疫学サーベイランス資料の提供、国家当局への技術支援を通じて、加盟国中の先行国による効果的な統合ベクター管理(サーベイランスとコントロール)の実施を支援します。
・加盟国と協力し、専門のベクターコントロール技術者によるベクターコントロール対応の調整を支援します。
・加盟国における殺虫剤耐性管理およびベクターサーベイランスに関する研修を支援します。

5.検査機関
・感染発生国やリスクのある国において、タイムリーで正確な診断と症例発見を可能にするため、検査能力の強化を支援します。
・新型コロナウイルス感染症パンデミックの際に構築された能力を活用し、国レベルでの分子診断とゲノムサーベイランスを強化します。

6.オペレーション、サポート、ロジスティクス(OSL)
・供給業者と緊密に協力してデング熱キットを確保し、バルク品(生産業者向け出荷製品)のパイプラインを確立します。
・機器や殺虫剤の購入、殺虫剤耐性管理キットの提供において加盟国を支援します。

7.症例管理ガイドラインと能力開発
・ウェブセミナーや再教育セッションを通じて、医療従事者と症例管理ガイドラインや臨床研修を共有します。  
・2024年初頭に完成予定のデング熱、チクングニア熱、ジカ熱、黄熱の臨床管理と診断に関するWHOガイドラインを作成中であり、重要なツールとなります。
・WHO/PAHO(全米保健機関)は、デング熱の臨床管理に関する20時間の自己学習型バーチャルコースを作成し、スペイン語と英語で利用できるようにしました。このコースでは、重症化の早期予測因子(警告サイン)を特定し、デング熱症例が重症デング熱に進行して死亡するのを防ぐことに焦点を当てています。このコースは、2020年9月の開始以来、すでに31万2,000人以上の臨床医を養成しています(2023年だけで21万9,000人)。

8.疫学サーベイランス
・PAHOと加盟国間の共同サーベイランスのために仮想協力空間(VCS)が構築され、さまざまな疫学分析、状況報告、疫学速報の自動作成が可能になり、デング熱やその他のアルボウイルスの疫学サーベイランスが強化されました。 
・2023年、PAHO/WHOはアメリカ大陸地域のデング熱状況に関する5つの最新情報を発表し、中央アメリカとカリブ海地域におけるデング熱患者の増加に関する疫学的警報を発表しました。 
・WHOアフリカ地域事務局は、デング熱の国別リスク分類ツールを開発し、他の地域でも使用できるよう適応を進めています。
・WHOは、世界的な蔓延度合いをよりタイムリーに把握するため、デング熱症例、デング熱重症例、デング熱による死亡例のサーベイランスの強化に世界的に取り組んでいます。

9.リスクコミュニケーションとコミュニティへの関与(RCCE)
・コミュニティ中心のアプローチを含むリスク評価に関するアドバイスの提供をします。
・RCCEのエビデンスに基づき、個々に応じた啓発活動を支援し、個人と地域社会の参加を働きかけます。
・既存のRCCEに関する資料や、過去や現在続いているアウトブレイクから学んだ教訓を見直します。
・デング熱に関するRCCEツールキットを完成させます。

WHOによるリスク評価

2023年からの最近のデータでは、特にバングラデシュ、ブラジル、ブルキナファソ、フィジー、パキスタン、フィリピン、ベトナムなどの複数の国でのデング熱の流行拡大が強調されています。さらに、デング熱の非流行国においても、公衆衛生上の重大な懸念としてデング熱に直面するようになっています。デング熱の出現と再流行、そしてその前例のない世界的な広がりには、以下のようなさまざまな要因が関係しています。1) 媒介蚊であるネッタイシマカの分布と適応の変化 2)媒介蚊と宿主の相互作用を助長する無計画な都市化と人間活動の増加 3)気候変動による気象パターンの変化 4)政治的・財政的不安定の中での脆弱な医療制度 5)複数のデング熱血清型の同時流行 6)非特異的な症状による臨床診断の困難さ 7)不十分な検査機関と検査能力 8)新型コロナウイルス感染症を含む、同時多発的なアウトブレイクの長期化9)デング熱に対する特異的な治療法の欠如10)地域社会のリスク認識、意識、健康増進行動に関する行動データが限られていること11)ベクター対策活動への地域社会の関与と動員を支援するためのコミュニティ中心のアプローチと RCCE リソースの欠如12)不十分なベクターサーベイランスと制御能力13)利害関係者間の調整の欠如、慢性的な資金不足、援助者たちからの関心の低さ14)人や物の大規模な移動

デングウイルスの流行地域外への拡大には、さらなる課題があります。 現在流行しているウイルスに対して免疫学的に脆弱な人口が多く存在するため、アウトブレイクのリスクが高まります。さらに、こうした地域の人々はデング熱の警告サインに対する認識が乏しく、重症化による死亡率を減らすために重要な医療を受けるのが遅れる可能性があります。医療施設へのアクセスが困難であることに加え、地理的なアクセスが限られているため、基本的な医療サービスを受けること自体が難しくなっている場合もあります。こうした課題は、予防と制御に不可欠な物資や検査診断試薬の在庫切れ、医療従事者の継続的なトレーニングの必要性によって、さらに深刻化しています。 

こうした要因に加え、財政危機、国内避難民(IDPs)や難民の大量移住、長年の開発不足などが、すべての大陸で多くの人々から十分な医療を奪い、結果としてデング熱に対する脆弱性を高める結果となっています。しかし、デング熱のリスク分布は、地域や国、国内であっても大きく異なることに注意することが重要です。  

以上のことから、WHOは世界レベルでのリスクを高いと評価しています。リスク評価と内部評定プロセスを経て、WHO地域事務局は加盟国を支援するために実施すべき優先的な介入策について合意しました。

デング熱の予防と流行への対応には、公衆衛生部門の複数の機関が関わっています。こうした課題に対処するためには、特に国家レベルにおいて公衆衛生への影響を軽減するという目標を達成するために、学際的かつ多部門にまたがる統合的なアプローチが必要となります。政治的危機と相まって同時多発的に発生する感染症対応能力への負担は、強固な緊急対応メカニズムと関係者間の連携強化の必要性を浮き彫りにしています。早期発見のための良質なデング熱診断キットの不足、訓練を受けた臨床および媒介蚊駆除員の不足、地域社会の認識など、世界的な資源の不足は、依然として効果的な対応への重大な障害となっています。WHOなどの国際保健機関や他のパートナー機関との調整により、共通の優先事項や分析を設定するよう努めているものの、感染発生国への継続的な支援と協力体制の強化が不可欠となっています。

WHOからのアドバイス

効果的なベクターコントロール
効果的なベクターコントロールはデングウイルスの予防と制御の鍵となります。ベクター対策は、住居、職場、学校、病院など、人とベクターが接触するリスクのあるすべての場所を対象とする必要があります。WHOはヤブカ属(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカが属する)を駆除するために、総合的ベクター対策管理(IVM)を推進しており、繁殖の可能性のある場所の除去、媒介蚊の個体数の減少、個人の曝露の最小化などが含まれます。これには、幼虫(ボウフラ)と成虫に対するベクター対策すなわち、環境管理と発生源の削減、特に貯水方法の監視、家庭用貯水容器の週1回の排水と洗浄、WHOが認定した適切な用量の幼虫駆除剤を使用した非飲料水への幼虫駆除、医療施設からのウイルス拡散を抑えるための発熱やデング熱入院患者への殺虫剤処理された蚊帳(ITN)の配布などが含まれます。デング熱に感染した蚊を迅速に封じ込めるための屋内空間散布は、人口密集地では難しいかもしれません。 

世界アルボウイルスイニシアティブは、多部門のパートナー機関間の調整と協力、統合的なベクター管理アプローチ、あらゆるレベルでの持続的な管理対策を推進しています。その指針の原則は、予防、昆虫学的および疫学的サーベイランス、症例管理を既存の保健システムと調和させ、持続可能で費用対効果が高く、環境に配慮したものとなります。

個人防護対策:
屋外活動時の個人防護対策としては、露出した皮膚や衣服への局所的な忌避剤の塗布、長袖シャツとズボンの着用などがあります。また、屋内では、日中の家庭用殺虫スプレー剤や蚊取り線香の使用が有効です。窓やドアの網戸は、蚊が家の中に侵入する確率を下げることができます。殺虫剤処理された蚊帳は、日中寝ている間に蚊に刺されるのを防ぐことができます。ネッタイシマカは夜明けと夕暮れ時に最も活発に活動するため、これらの時間帯には特に個人的な防護対策を行うことが推奨されます。また、昼間に刺す蚊のため、職場や学校でも個人防護対策や蚊の駆除を行う必要があります。 

昆虫学的サーベイランス:
昆虫学的サーベイランスを実施し、貯水容器内のネッタイシマカの繁殖可能性を評価し、殺虫剤耐性を監視することで、最も効果的な殺虫剤に基づいた介入策の選択に役立てることが可能です。 

症例管理
デング熱感染に対する特異的治療はありません。しかし、早期発見と症例管理のための適切な医療機関へのアクセスにより、重症のデング熱患者を迅速に発見し、三次医療機関に適時に紹介することができるため、結果的に死亡率を低下させることが可能となります。  

デング熱に感染した人のほとんどは、症状が軽いか全くなく、1~2週間で軽快します。

2度目の感染は、重症デング熱になるリスクが高くなります。デング熱の重症化には、熱が下がった後に以下のような症状が現れます:

・激しい腹痛
・持続する嘔吐
・急速な呼吸
・歯茎や鼻からの出血
・倦怠感
・落ち着きのなさ
・嘔吐物や便に血が混じる
・異常な喉の渇き
・皮膚が青白く冷たい
・脱力感
このような重い症状のある人は、すぐに治療を受けるべきです。

症例サーベイランスの強化
症例サーベイランスは、すべての感染国および世界規模で強化されるべきです。可能であれば、デング熱の全体的な発生状況(すなわち、外来患者を含む)を把握し、重症例や致死的な症例を数え、デング熱ウイルスの確認と亜型分類を行うためのサーベイランスの強化に資源を割くべきです。  

実地調査と成功例からの学びとしては以下があげられます。
各国は、特に臨床試験に関する最近のWHOの勧告を踏まえ、研究プロジェクトを強化することで、デング熱やその他のアルボウイルスの効果的な症例管理、予防、コミュニティの関与、媒介蚊の駆除の成功例を学び、採用することが推奨されます。

各国の保健省とパートナー機関は、デング熱による健康への影響の拡大を軽減するために、地域の介入策を綿密に検討し、公衆衛生プログラムに早期に適応できるよう推奨すべきです。

WHOは、入手可能な情報に基づき、国・地域・地方に対して一般的な渡航制限や貿易制限を適用することを推奨していません。 

出典

Dengue - Global situation
Disease Outbreak News 21 December 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON498