インフルエンザA(H1N1)変異型ウイルス-ブラジル連邦共和国

Disease outbreak news 2024年2月7日

発生状況一覧

2024年1月16日、ブラジル連邦共和国(以下、「ブラジル」という。)は、パラナ(Paraná)州トレド(Toledo)市で、豚インフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスのヒトの検査確定例をWHOに通知しました。患者は基礎疾患を有しており、2023年12月16日に発症し入院しました。ブタとの接触歴はなく、現在は完治しています。疫学調査の結果、濃厚接触者は確認されませんでした。本症例は、2024年にブラジルで報告されたインフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスによる初のヒト感染例であり、2015年以降、ブラジルのパラナ州で報告された豚インフルエンザ変異型ウイルスによるヒト感染例としては9例目です。国際保健規則(IHR2005)によれば、新型インフルエンザAウイルス亜型によるヒトへの感染は、公衆衛生に多大な影響を与える可能性のある事象であり、WHOへの通知が義務づけられています。現在入手可能な情報に基づき、WHOは今回の症例は散発的な事例とみなしています。ヒトの間での感染が地域レベルで広がる可能性、および、ヒトを介した国際的な感染拡大の可能性は低いと考えられています。WHOは引き続き、ヒトまたは動物の健康に影響を及ぼす可能性のある流行性インフルエンザウイルスに関連したウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出するための世界的なサーベイランスと、リスク評価のために迅速なウイルス共有の重要性を強調しています。

発生の概要

2024年1月16日、ブラジルの国際保健規則(IHR)に基づく連絡窓口(NFP)は、豚インフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスのヒト感染例をWHOに通知しました。
 
患者はパラナ州トレド市在住の基礎疾患のある成人男性で、この男性は一人暮らし、ブタや病人との接触歴は確認されていません。疫学調査の結果、濃厚接触者も確認されていません。
 
患者は2023年12月12日に発熱、頭痛、倦怠感、咳などの症状が現れ、12月16日に医療機関を受診し、入院しました。抗ウイルス治療は受けず、2023年12月18日に完治し、退院となりました。
 
2023年12月19日、インフルエンザと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検査のため、検体がパラナ州中央公衆衛生研究所に送られています。検体はリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)によりインフルエンザA(H1)ウイルスと分類されました。2024年1月11日、この検体はリオデジャネイロのオズワルドクルズ(FIOCRUZ)呼吸器ウイルス国立基準研究所にある国立インフルエンザセンター(NIC)に送られ、2024年1月15日、インフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスが確認されました。
 
遺伝子配列解析によると、このウイルスは、2022年10月にパラナ州トレド市のヒト症例から検出されたA/Paraná/ 20675/2022(A/H1N1pdm09様)ウイルスと99%共通する類似性を示しています。PB2、PB1、PA、NA、MPの各セグメントは、同じくトレド市で報告されたウイルスA/Paraná/10835/2021(A/H1N1pdm09様)と一致し、NPとNSの各セグメントは、パラナ州のサンタ・ヘレナ(Santa Helena)市で報告されたウイルスA/Paraná/44706/2022(A/H3N2v)と一致しました。2024年2月1日、国立インフルエンザセンターはこの検体をインフルエンザのサーベイランス、疫学、制御のためのWHO協力センターでもある、米国疾病管理予防センター(US CDC)に送り、さらなる特徴づけのための検査を依頼しました。
 
これらの検査結果は、パラナ州における動物間におけるウイルスの拡がりとヒトへの曝露が継続していることを示唆しています。一方で、ヒトにおける市中感染は確認されていません。

インフルエンザAウイルスの疫学

A型インフルエンザウイルスは、世界のほとんどの地域のブタで流行しています。通常ブタに流行するインフルエンザウイルスがヒトに検出された場合、「変異型インフルエンザウイルス」と呼ばれます。A(H1N1)、A(H1N2)、A(H3N2)は、ブタで流行するA型インフルエンザウイルスの主な亜型であり、通常はブタや汚染された環境に人が直接または間接的に曝露された後に、希に人に感染することがあります。変異型ウイルスにヒトが感染した場合、軽症で済むことが多いですが、重症化して入院した例や、死亡した例もあります。

現在までにブラジルでは、インフルエンザA(H1N1)、A(H1N2)、A(H3N2)変異型ウイルスによる散発的なヒトへの感染例が報告されていますが、継続してヒトからヒトへ感染したことは確認されていません。

今回の症例は、2024年にブラジルで報告されたインフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスによる最初のヒト感染例です。国内で報告されたインフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスによる4例目のヒト感染例であり、2015年以降、ブラジルのパラナ州で報告された豚インフルエンザ変異型ウイルスによる9例目のヒト感染例となります。

これまでパラナ州では、インフルエンザA(H1N1)変異型(2021年、2022年、2023年に各1例)、インフルエンザA(H1N2) 変異型(2015年に1例、2020年に2例)、インフルエンザA(H3N2) 変異型(2021年に2例)の計8例の豚インフルエンザ変異型ウイルスによるヒト感染例が報告されています。全例が養豚場のある農村部に住んでおり、そのうち1例は養豚場の近くに住み、1例は養豚場で働いていました。これら8例のうち、1例が死亡しています。

公衆衛生上の取り組み

地方および国の保健当局は、以下の公衆衛生対策を実施しました。

・疫学調査の実施。
・同じ保健地域内の周辺自治体におけるインフルエンザ様疾患(ILI)および重症急性呼吸器感染症(SARI)をモニタリングし、インフルエンザに焦点を当てた地域内の呼吸器系ウイルスの傾向分析。
・今回の症例の発症1ヵ月前から発症1ヵ月後までの期間で、トレド市内で採取された呼吸器検体に対する検査機関における調査。

WHOによるリスク評価

本症例は2024年にブラジルで報告されたインフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスによる初のヒト感染例となります。この患者にはブタや感染者との接触歴は確認されていません。現在入手可能な情報によれば、この患者は散発的な症例であり、さらなる感染拡大は確認されていません。
 
変異型インフルエンザウイルスにおいて、ヒトからヒトへの限定的で非持続的な感染は報告されているものの、継続的な市中感染は確認されていません。現在のところ、これらのウイルスはヒトの間で継続的に感染させる能力を獲得していないことが示唆されています。
 
現在、インフルエンザA(H1N1)変異型ウイルスの感染に対するワクチンで、ヒトへの使用が認可されているものはありません。ヒトのインフルエンザウイルスに対する季節性インフルエンザワクチンは、一般的に、通常ブタに流行するインフルエンザウイルスのヒトへの感染を予防することは期待できませんが、重症化を防ぐことはできます。
 
WHOは、この事例がもたらす、ヒトを介した国際的な感染拡大、および、地域レベルでのヒトからヒトへの感染拡大のリスクは低いと評価しています。このリスク評価は、疫学的またはウイルス学的な情報が入手可能になった時点で見直されます。

WHOからのアドバイス

サーベイランス
・今回の事例は、季節性インフルエンザの公衆衛生対策とサーベイランスに関する現在のWHOの勧告を変更するものではありません。
・インフルエンザウイルスは常に変異しているため、WHOは引き続き、ヒトまたは動物の健康に影響を及ぼす可能性のある流行性インフルエンザウイルスに関連したウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出するための世界的なサーベイランスと、リスク評価のために迅速なウイルス共有の重要性を強調しています。
・動物やヒトへの感染を検出するために、感染発生地域や近隣地域でも継続的な警戒が必要です。動物保健部門と人間保健部門の協力が不可欠です。動物にどの程度インフルエンザウイルスが流行しているのか不明であるため、疫学的およびウイルス学的サーベイランスと、ヒトへの感染が疑われる症例の追跡調査を体系的に継続する必要があります。非季節性インフルエンザやその他の新興急性呼吸器疾患の調査に関する指針は、WHOのウェブサイトで入手できます。
・パンデミックの可能性のある新型インフルエンザウイルスの出現に対する警戒を続ける必要があります。WHOは、新型コロナウイルス感染症とインフルエンザウイルスの同時流行を考慮し、統合サーベイランスのための実践的指針を作成しています。
・動物またはヒトから採取されたインフルエンザウイルスは、動物あるいはヒトの保健を扱う適切なインフルエンザ基準研究所で完全に特性解析されることが重要です。WHOのパンデミックインフルエンザ対策(PIP)体制では、加盟国はパンデミックの可能性のあるインフルエンザウイルスを、世界インフルエンザ監視・対応システム(GISRS)を通じて、定期的かつ適時に共有することが期待されています。
 
通知と調査
・国際保健規則(IHR2005)により新しい亜型のインフルエンザウイルスによるヒトへの感染はすべて届出対象となっており、締約国はパンデミックを引き起こす可能性のあるA型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が確定された場合、直ちにWHOに通知することが義務付けられています。通知には発症の証拠は必要ありません。
・パンデミックを引き起こす可能性のある変異型ウイルスを含む新型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が確認された、または疑われた場合には、動物への暴露歴、旅行歴、接触者の追跡など、徹底した疫学調査を行う必要があります。疫学調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示す可能性のある、平時には検出されないような異常な呼吸器系疾患に関連する事象の早期発見も含まれます。症例の発生時、発生場所から採取した臨床検体は検査され、さらなる特徴付けのためWHO協力センターに送られるべきです。
 
渡航と貿易
・WHOは、この事例に関する入手可能な情報に基づき、ブラジルへの渡航および/または貿易の制限の推奨はしません。
 
旅行者に対する予防対策:
・WHOは、動物のインフルエンザの発生が確認されている国への渡航者に対して、農場、生きた動物を扱う市場での動物との接触、動物が屠殺される場所への立ち入り、動物の排泄物で汚染されていると思われる物との接触を避けるよう助言しています。また、渡航者は石鹸と水での手洗いが励行されます。すべての人に、食品の安全性と衛生習慣を守った行動が推奨されます。
・WHOは、ヒトと動物の接点におけるインフルエンザウイルスの現状から、特別な渡航者制限や入国地点でのスクリーニングは推奨していません。

出典

Influenza A (H1N1) variant virus - Brazil
Disease Outbreak News 7 February 2024
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON502