中東呼吸器症候群-サウジアラビア王国

Disease outbreak news 2024年2月16日

発生の概要

これはサウジアラビア王国(以下、「サウジアラビア」という。)から世界保健機関(WHO)に報告された中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)感染症に関して半期ごと提出される最新情報です。2023年8月13日から2024年2月1日までに、サウジアラビア保健省からWHOに、2人の死亡例を含む4人のMERS-CoVの検査確定症例が報告され、最後の症例は2023年10月26日に報告されました。4症例の濃厚接触者は保健省により追跡調査され、二次感染者は確認されていません。これら4症例の報告によって、WHOによる総合的なリスク評価が変わることはなく、世界レベルでも地域レベルでもリスクは中程度であるとされます。今回の事例は、ヒトコブラクダでMERS-CoVが流行している中東を含む国々において本感染症が引き続き脅威となっていることから、MERS-CoV に対する世界的な認識の必要性を改めて示すものです。

発生の詳細

2023年8月13日から2024年2月1日の間に、サウジアラビア保健省(MoH)は、2例の死亡例を含む4例の中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)感染者を報告しました。患者はサウジアラビアのリヤド(Riyadh)、東部州(Eastern)、カシーム(Qassim)地域から報告されました(図1)。2023年10月10日から2023年11月16日の間に、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)による検査確定がなされています。
 
4例すべてに併存疾患があり、医療従事者ではありませんでした。2例は男性、2例は女性で、年齢は59~93歳でした。患者は2023年9月15日から2023年10月26日の間に発熱、咳、息切れなどの症状を発症しました。2例がそれぞれ2023年10月19日と12月24日に死亡しました。
 
4例のうち、1例はラクダの所有者、もう1例は家族がラクダを所有しており、ヒトコブラクダとの間接的な接触歴がありました。他の2例については、感染の可能性があるとされる危険因子への曝露歴は明らかとなっていません。また、発症前14日間にラクダの生乳を摂取した患者はいませんでした。症例間には疫学的な関連は確認されていません。
 
2012年にサウジアラビアでMERS-CoVが初めて報告されて以来、合計2,200人のヒト感染例が報告され、うち858人が死亡しています。全体として、MERS-CoVのヒト感染はWHOの全6地域、27カ国から報告されています。世界で報告された2,609例のMERS-CoV感染例と939例の死亡例のうち、今回新たに報告された感染例と死亡例を含めると、それぞれ感染例の84%と死亡例の91%がサウジアラビアから報告されています。(図2)。2019年以降、中東以外の国からMERS-CoV症例は報告されていません。
 

図1. 2023年8月13日から2024年2月1日までのMERS-CoV患者の地理的分布(サウジアラビア、都市・地域別)(n=4)

 
図2:2012年から2024年までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV感染者(n=2,200)と死亡者(n=858)の流行曲線

中東呼吸器症候群の疫学

中東呼吸器症候群(MERS)は中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)によって引き起こされるウイルス性呼吸器感染症です。MERS患者の約36%が死亡していますが、これはMERS-CoVの軽症例が既存のサーベイランスシステムで見逃されている可能性があり、また致死率は検査確定例のみに基づいて算出されているため、本来のこの疾患の致死率に対して過大評価となっている可能性があります。

ヒトは、MERS-CoVの自然宿主であり人獣共通感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触によってMERS-CoVに感染します。MERS-CoVはヒトからヒトへ感染する能力があると証明されています。これまでのところ、非持続的なヒトからヒトへの感染は濃厚接触者の間や医療現場で起こっており、医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限られています。

MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状を示すものから、重篤な急性呼吸器疾患および死に至るものまで様々です。MERSの典型的な症状は発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢などの消化器症状も報告されています。重症化すると呼吸不全を引き起こす可能性があり、その場合は集中治療室での人工呼吸による治療が必要となります。このウイルスは、高齢者、免疫力の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの併存疾患や慢性疾患を持つ人ほど重症化しやすいと考えられています。
 
WHOに報告されたMERS-CoVの症例数は、新型コロナウイルスの流行が始まって以来、大幅に減少しています。これは当初、新型コロナウイルスの疫学サーベイランス活動が優先された結果であったと思われます。また、両疾患の臨床像が類似しているため、MERS-CoV症例の検査や検出が減少した可能性もあります。加えて、新型コロナウイルスの感染を減らすためにとられた対策(マスクの着用、手指衛生、ソーシャルディスタンスの確保、室内空間の換気の改善、咳エチケット、自宅待機、移動の減少など)も、MERS-CoVのヒトからヒトへの感染の機会を減らすことに寄与しました。新型コロナウイルスへの感染やワクチン接種による潜在的な交差防御や、MERS-CoV感染または重症度の軽減、あるいはその逆の相互作用の可能性は仮説として考えられていますが、さらなる調査が必要であると考えられます。
 
現在、ワクチンや特異的な治療法はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療法が開発中です。治療は患者の臨床状態や症状に基づいて行われます。

公衆衛生上の取り組み

4例すべてについて保健省が濃厚接触者の追跡調査を行い、二次感染者は確認されませんでした。

ラクダとの直接・間接接触を報告した2例については、農業省に報告され、ヒトコブラクダの調査も行われました。ラクダは無症状でしたが、動物検査の結果はWHOと共有されていません。MERS-CoVに感染したヒトコブラクダは感染の兆候を示さないことがあるため、検査を行わなければ、ラクダが感染しているかどうかを確認できません。そのため、ラクダに触れる前後の手洗いの徹底や、ラクダ由来の製品の加熱処理など、衛生管理の徹底といった予防策を常に実施する必要があります。

WHOによるリスク評価

今回の4症例の報告が、WHOによる全体的なリスク評価に変更を加えることはなく、世界レベルでも地域レベルでもリスクは引き続き中程度とされます。2023年8月13日から2024年2月1日の間に新たに報告された4症例は、地域的なMERS-CoVに感染であり、それ以上感染を広げることはないと考えられています。
 
WHOは、MERS-CoV感染症例がMERS-CoVがヒトコブラクダに流行している中東やその他の国々からさらに報告され、また、ヒトコブラクダやその関連製品との接触(例えばラクダの生乳の摂取)、または医療現場でウイルスに暴露された人によって、他国へ感染症例が輸出され続けることを想定しています。
 
WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新の情報に基づいてリスク評価を行っていきます。

WHOからのアドバイス

現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOは、すべての加盟国がMERS-CoVを含む急性呼吸器感染症のサーベイランスを強化し、通常とは異なる疾病発生のパターンがあれば注意深く調査することの重要性を改めて強調します。
 
医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の初期症状の認識の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、感染予防管理(IPC)対策の遅れに関連しています。IPC対策は、医療施設内でMERS-CoVが人々の間に広がることを防ぐために非常に重要です。医療従事者は、医療現場ですべての患者と接する際に、常に標準予防策を一貫して適用すべきです。
 
MERS-CoV患者にケアを提供する際には、清潔な非滅菌ガウン、手袋、眼保護具、医療用マスクなどの個人防護具(PPE)の使用を含む接触・飛沫予防策を標準予防策に追加すべきです。MERS-CoV感染の可能性が高い、または確認された症例をケアする際には、接触予防策と眼の保護を加えるべきです。エアロゾルを発生させる処置を行う際、またはそういった環境下では、空気感染予防策を適用すべきです。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例管理、症例の隔離、接触者の隔離、医療現場での適切なIPC対策、公衆衛生への啓発活動によって防ぐことができます。
 
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全などの基礎疾患を持つ人ほど重症化しやすいようです。従って、このような基礎疾患を持つ人は、ウイルスが流行している可能性のある農場、市場、または畜舎地域を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの接触を避けるべきです。動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守すべきです。
 
食品衛生を守ることはとても重要です。ラクダの生乳を飲んだり、尿に触れたり、十分に加熱されていない肉を食べることは避けるべきです。乳や肉を含む 生または十分に加熱されていない動物製品の摂取は、ヒトに病気を引き起こす可能性のある病原体に感染するリスクが高いです。調理や低温殺菌によって適切に処理された動物性食品は、摂取しても安全です。これらの工程を経た食品は、未調理の/安全でない食品との交差汚染を避けるため、取り扱いに注意する必要があります。ラクダ肉とラクダ乳は調理、低温殺菌、その他の熱処理後も引き続き消費することができる栄養価の高い製品です。
 
WHOは、この事象により、入国時の特別なスクリーニングに言及していず、現在のところ、いかなる渡航や貿易の制限の適用も推奨していません。

出典

Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus - Kingdom of Saudi Arabia
Disease Outbreak News 16 February 2024
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON506