ニパウイルス感染症-インド(2025年8月6日)

海外へ渡航される皆様へ

今回インドで報告されたのは、ニパウイルスによる感染症です。ウイルスに感染している動物(コウモリやブタなど)との接触や、唾液や尿で汚染された食物の摂取が主な感染経路です。また、まれではありますが、感染者との濃厚接触で感染が起きることも報告されています。潜伏期間は、感染してから平均4~14日程度ですが、最長45日との報告もあります。症状は発熱、頭痛、筋肉痛、嘔吐、咽頭痛などで始まり、その後、めまいや眠気、意識障害などの神経症状が現れ、重症化すると急性脳炎に至ることがあります。
感染したコウモリがかじった果物を食べたり、生のナツメヤシの樹液/ジュースを飲んだりしないこと、そしてニパウイルス感染症の確定患者や疑い患者との接触を避けることが予防につながります。

以下の点を事前に確認して、健康に気を付けて渡航してください
  • 渡航前の情報収集
ニパウイルス感染症に関する情報、インドで流行している感染症に関する情報、渡航先の医療情報を、FORTHや外務省などの公式な情報源で確認してください。トラベルクリニックなどで渡航前に感染対策について相談することも可能です。
  • 渡航中の健康管理
1. 基本的な感染予防策
石鹸と水での手洗いやアルコール消毒液の使用などの手指衛生、マスクの着用や咳エチケットといった基本的感染対策はニパウイルスに対しても有効です。
2. リスクを軽減するための対策
ニパウイルスは感染動物との接触やウイルスに汚染された食物の摂取が主な感染経路です。現地で養豚場への訪問や生の果物の採取や摂取をする場合には、ブタへの直接の接触や、洗っていない生の果物やナツメヤシ等の樹液に触れたり、食べたりするといったようなリスクの高い行動を避けることで感染するリスクを減らすことができます。
3. 体調不良時の行動
渡航中に上記のようなリスク行為があり、発熱、頭痛、めまい、神経症状などニパウイルス感染症を疑う症状が出た場合は、速やかに現地の医療機関を受診し、渡航歴・現地での行動を必ず伝えてください。
  • 帰国後の対応
ニパウイルス感染症の発生がみられる地域から日本へ帰国した時に体調に異常があれば、空港や港の検疫所で渡航歴・現地での行動を伝えたうえで相談してください。
帰国後14日程度の期間、ご自身の健康状態に注意し、異常があれば速やかに医療機関に相談してください。この際も渡航歴・現地での行動を伝えてください。

そのほか、海外渡航に関する一般的な注意事項は「ここに注意!海外渡航にあたって」をご参照ください。

以下のDisease Outbreak Newsの翻訳は、厚生労働省委託事業『国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業』にて翻訳・メッセージ原案を作成しています。

状況概要

2025年5月17日から7月12日までの間に、ケララ州政府情報・広報局(Information and Public Relations Department) は公式プレスリリースで、ケララ州の2地区におけるニパウイルス感染症の確定症例4例(うち2例は死亡)を報告しました。ニパウイルス感染症はコウモリが媒介する疾患で、感染動物(コウモリやブタなど)、汚染された食品を介して、あるいはそれほど一般的ではありませんが、感染者との濃厚接触を通じてヒトに伝播します。
1998年以降、ニパウイルス感染症のアウトブレイクは、バングラデシュ、インド、マレーシア、フィリピン、シンガポールで報告されています。インドでは、2001年以降、ニパウイルス感染症が複数回発生しています。2001年および2007年に西ベンガル州で、さらにケララ州では2018年以降、定期的にアウトブレイクが発生しています。2018年以降、ケララ州は計9回のニパウイルス感染症のアウトブレイクを報告しています。この州は2023年以降、強力な医療体制の備えと感染制御対策を改善してきましたが、患者のケアを確実に継続しつつ、万全の準備とサーベイランス活動を維持することが勧められています。それと同時に、リスクがあると思われる州には、検出システムと対応能力の強化を引き続き行うよう推奨する必要があります。
認可されたワクチンや治療法がない現在、公衆衛生活動は、リスク因子に対する認識の向上とウイルスへの曝露を減らすための予防措置の促進、症例の早期発見とそれを支える十分な集中的な支持療法に重点を置くべきです。現在、国際的な感染拡大のリスクは低いと考えられます。今回のインドでの発生において、ニパウイルスがヒトからヒトに感染したという証拠はありません。

発生の詳細

2025年5月17日から7月12日までの間に、ケララ州政府情報・広報局は公式プレスリリースで、ケララ州の2地区におけるニパウイルス感染症の確定症例4例(うち2例は死亡)を報告しました。4例中2例はマラップラム地区 、残り2例はパーラッカード地区からの報告でした。パーラッカード地区でのアウトブレイクはこれが初めてです。4例中1例は5月に(発症は4月)、3例は7月に報告されました。3例のうち、2例は発症が6月に、1例は7月に認められました。

最初の症例はマラップラム地区の成人女性で、4月25日に発症を認めました。その後患者には症状の悪化に伴い発熱、咳、呼吸困難がみられ、重篤な状態となったため、マラップラム地区の病院に入院しました。5月2日、急性脳炎症候群のため集中治療室へ移されました。5月6日、カリカットメディカル大学にて検体を採取し、ニパウイルス陽性と判定されました。国立ウイルス研究所(プネ)が確認検査を行い、5月8日に結果が確定されました。

2例目もマラップラム地区の成人女性で、6月23日に発症を認め、7月1日に死亡しました。患者は複数の医療機関を受診後、公立の医療施設に移され、臨床的にニパウイルス感染症が疑われて、検体採取と検査室での検査を行うことになりました。

3例目はパーラッカード地区の成人女性で、6月25日に発症を認めました。いくつかの医療機関を受診後、専門の総合病院に入院し、状態は今も重篤で、人工呼吸器を使用しています。これは、パーラッカード地区における最初の確定症例です。

4例目もパーラッカード地区の成人男性で、2025年7月6日に発症を認めました。同日、患者は初めて医師の診察を受け、7月10日に個人病院に入院し、7月11日に専門の総合病院に移りました。7月12日、患者は死亡し、ニパウイルス感染が確認されました。これはパーラッカード地区における2例目の確定症例です。

これらの症例の感染源はまだ調査中です。相互に疫学的な関連があると思われる症例はなく、これは自然宿主からの独立したスピルオーバー事例であることを示唆しています。発生地域では、ニパウイルスの宿主として知られるオオコウモリがかなり多く生息しています。

ニパウイルス感染症の疫学

ニパウイルス感染症は、コウモリが媒介する人獣共通感染症であり、感染動物(コウモリやブタなど)との接触や感染動物の唾液、尿、排泄物で汚染された食品を介してヒトに伝播します。また、それほど一般的ではありませんが、感染者との濃厚接触を通じてヒトからヒトに直接感染する可能性もあります。ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリ(Pteropus種)です。

潜伏期間は4~14日です。しかし、潜伏期間が45日間に及んだとの報告もあります。ニパウイルス感染の臨床病歴を持つ患者の検査診断は、急性期および回復期に、いくつかの検査を組み合わせて行うことで可能です。主に用いられる検査は、体液からの逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法とELISA法による抗体検出です。

急性呼吸器感染症や致死的な脳炎など、さまざまな臨床症状を引き起こします。ニパウイルス感染に関する詳しい情報はニパウイルスとはをご覧ください。

バングラデシュ、インド、マレーシア、シンガポールで発生したアウトブレイクにおける致命率は、早期発見と臨床管理に関する現地の能力にもよりますが、通常40%から100%の範囲となっています。ニパウイルス感染症の予防薬や治療薬は開発中で、利用可能な承認されたワクチンや治療薬はありません。

公衆衛生上の取り組み

地域の当局は、以下のような公衆衛生対策を実施しています。
  • ケララ州の保健大臣は、状況を評価するため緊急会議を行い、確立されたニパウイルス感染症プロトコルにしたがって予防措置が強化されていることを確認しました。
  • 7月17日時点で、接触者の追跡調査を集中的に行っています。合計723人のニパウイルス感染症確定症例の接触者が特定され、内訳はパーラッカード地区が394人、マラップラム地区が212人、コーリコード地区が114人、エルナークラム地区が2人、トリッシュール地区が1人でした。
  • 詳細な調査に基づき、ケララの保健当局は、地域社会における曝露の可能性を追跡するため、7月に報告された確定症例3例の移動経路を示すルートマップを発表しました。
  • コーリコード地区、マラップラム地区、パーラッカード地区の保健当局はアラートを発令しました。それに応じて、接触者の追跡調査を実施し、接触者の健康観察を行い、人々への情報提供のため、26の特別チームを配置しました。
  • さらに、カンヌール地区、コーリコード地区、マラップラム地区, パーラッカード地区、トリッシュール地区及びワヤナード地区の病院に対して特別アラートを発令し、ニパウイルス感染症の症状のある疑い例を警戒し、直ちに報告するよう指示しました。
  • 伝播のリスクを最小限に抑えるため、不要な医療機関受診を避けるよう人々に助言しています。
  • WHOは、ワンヘルス、ならびにニパウイルスを含む高脅威病原体に対する体制整備について国立疾病管理センターと緊密に協力しています。

WHOによるリスク評価

2025年7月時点で、ケララ州では計9件のニパウイルス感染症のアウトブレイクが報告されています。ケララ州で報告された最近の症例数は、例年観察された傾向と一致しているため、想定外のものではありません。しかし、こうした報告は、この地域に相変わらず、ニパウイルスに関連する局所的なリスクがあることを浮き彫りにしています。

現時点では、より広範な国や地域の集団に対する全体的なリスクは依然として低い状態です。2018年に最初のアウトブレイクが報告され(23例、確定症例と可能性例を含む;致命率(CFR; case fatality ratio:91%)、続いて2019年(1例、生存)、2021年(1例;CFR:100%)、2023年(6例、うち2例は死亡;CFR:33%)、2024年(2例;CFR 100%)、そして、2025年にアウトブレイクが報告されました。2025年ではこれまで、ニパウイルス感染症の確定症例4例が報告され、いずれもケララ州で発生し、症状の発現は4月(1例)、6月(2例)、7月(1例)に認められました。

このようなスピルオーバー事例が頻発することから、ケララ州においてニパウイルス感染症のリスクが継続していることは明らかです。また、インドの他のいくつかの州でオオコウモリからニパウイルス抗体が確認されたことが、複数の研究で示されています。これは、ニパウイルス感染症が他の州で発生する可能性を示唆しています。

ケララ州には充実した医療体制があります。2023年のアウトブレイク中に院内感染が確認され、それ以来、感染予防と管理、廃棄物管理における取り組みが強化され、監査が行われています。

2025年の症例の感染源はまだ確認されていません。

WHOからのアドバイス

ニパウイルス感染症に対して利用可能なワクチンや認可された治療法がない現在、感染を減らす、または予防する方法は、リスク因子に対する人々の認識を高め、ニパウイルスへの曝露を減らすための対策を講じるよう支援することしかありません。症例管理は、適時の支持療法の提供に重点を置き、優れた検査システムで支える必要があります。重篤な呼吸器系および神経系の合併症の治療には、集中的な支持療法が推奨されます。

公衆衛生に関する教育メッセージは次のことに焦点を当てるべきです。

コウモリからヒトへの感染リスクを下げる
感染を予防するためには、まずコウモリがナツメヤシの樹液やその他の新鮮な食品に接触する機会を減らすことに重点を置くべきです。採取したばかりのナツメヤシの果汁は煮沸し、果物はよく洗って皮をむいてから食べてください。コウモリに咬まれた跡のある果物は廃棄する必要があります。コウモリのねぐらとして知られている場所は避けるべきです。

ヒトからヒトへの感染リスクを軽減する
  • ニパウイルス感染症患者との無防備な身体的な濃厚接触は避けるべきです。病気にかかった人を看護したり訪問したりした後は、定期的な手洗いを行う必要があります。

医療現場における感染を管理する 
  • 感染が疑われる、あるいは感染が確認された患者をケアする医療従事者、あるいはその検体を扱う医療従事者は、常に標準的な感染制御予防策を実施する必要があります。
  • ヒトからヒトへの感染が報告されているため、特に医療現場では、標準予防策に加えて接触予防策および飛沫予防策を用いるべきです。―状況によっては空気感染予防策が必要になることもあります。
  • ニパウイルス感染が疑われる人や動物から採取した検体は、適切な設備のある検査機関で働く訓練を受けたスタッフによって扱われるべきです。

WHOは、現在入手可能な情報に基づき、インドへの渡航や貿易を制限することは推奨していません。

出典

World Health Organization [6 August 2025]. Nipah virus infection - India Available at:
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2025-DON577

備考

This is an adaptation of an original work “Nipah virus infection - India. Geneva: World Health Organization (WHO); 2025. License: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition