中東呼吸器症候群コロナウイルス-サウジアラビア王国(2025年5月12日)

海外へ渡航される皆様へ

今回サウジアラビア王国(以下、サウジアラビア)で報告された中東呼吸器症候群(MERS)は、2012年以降、主に中東地域で流行している重症呼吸器感染症で、ラクダ(特にヒトコブラクダ)や、その体液に接触することで感染するとされています。また、感染した人との濃厚接触でも感染することがあります。
症状は、発熱、咳、息切れが典型的ですが、下痢が出現することもあります。また、高齢者、免疫力が低下している人、慢性疾患(糖尿病、腎臓病、がん、肺疾患など)のある人は、重症化リスクが高いと考えられており、重症化すると、肺炎などにより死亡する場合もあります。

以下の点を事前に確認して、健康に気をつけて渡航してください。

●渡航前の情報収集
MERSに関する情報や、その他のサウジアラビアで流行している感染症に関する情報、渡航先の医療情報を、FORTHや外務省などの公式な情報源で確認してください。トラベルクリニックなどで、渡航前に感染対策などを相談することも可能です。
●渡航中の健康管理
1.基本的な感染予防策
石けんと水での手洗いやアルコール消毒液の使用などの手指衛生、マスクの着用や咳エチケットといった基本的感染対策はMERS、その他のさまざまな感染症に対しても有効です。
2.リスクを軽減するための対策
MERSは、流行国でのラクダやMERS患者との接触が主な感染経路です。ラクダの体液や死骸に触る、生乳を飲んだり生肉を食べたりする、MERS患者と接するといったリスクの高い行動を避けることで、感染リスクを減らすことができます。
これらの行動が避けられない場合は、手袋やマスクを使用し、直接の接触を避けることで、感染リスクを減らすことができます。
3.体調不良時の行動
渡航中に発熱、咳など、MERSを疑う症状が出た場合は、同じような症状が出るほかの感染症も考えられますので、速やかに現地の医療機関を受診し、渡航歴・現地での行動を必ず伝えてください。
●帰国後の対応
日本へ帰国した時に体調に異常があれば、空港や港の検疫所で渡航歴・現地での行動を伝えたうえで相談してください。
帰国後1~2週間程度の期間は、ご自身の健康状態に注意し、異常があれば速やかに医療機関に相談してください。この際も渡航歴・現地での行動を伝えてください。

そのほか、海外渡航に関する一般的な注意事項はここに注意!海外渡航にあたってをご参照ください。

以下のDisease Outbreak Newsの翻訳は、厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成しています。

状況の概要

2025年3月1日から4月21日の間に、サウジアラビア保健省は中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV ; Middle East respiratory syndrome coronavirus)感染症例9例を報告しました。このうち2例が死亡しました。9例のうち、リヤドでは7例のクラスターが確認され、そのうち6例の医療従事者は、1例のMERS患者の医療・ケアの提供により感染しました。このクラスターは、接触者の追跡とその後の接触者全員の検査によって特定され、6例の医療従事者のうち4例は無症状で、2例は軽度の非特異的な症状を示したのみでした。全体的なリスク評価は、これらの症例の報告により変更されるものではなく、世界レベルでも地域レベルでも中程度のリスクにとどまっています。これらの症例は、ヒトコブラクダの間でウイルスが循環し、ヒトへの感染が広がっている国々において、このウイルスが依然として脅威をもたらしていることを示しています。世界保健機関(WHO; World Health Organization)は、MERS-CoVの医療関連における感染の拡大および人への感染を防ぐため、標的を絞った感染予防管理(IPC)対策の実施を勧告しています。

発生の詳細

2025年3月1日から4月21日の間に、サウジアラビア保健省は MERS-CoV感染症9例を報告しました。症例はサウジアラビアのハイル地域(1例)とリヤド地域(8例)から報告されました(図1)。報告された症例のうち、5例が男性、4例が女性でした。
これらの症例のうち、リヤド地域では7例のクラスターが確認され、そのうち6例の医療従事者は、担当した1例のMERS患者から院内で感染しました。6例の医療従事者のうち、4例は無症状のままでしたが、2例は筋肉痛、疲労、吐き気、嘔吐を含む軽度の非特異的症状を示しました(表1)。2025年3月1日から2025年4月16日の間に、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により検査室での症例確認が行われました。症例のうち、ラクダとの間接的な接触があったのは1例のみで、残る症例には、ラクダやラクダ製品との接触歴はありませんでした。
2012年にサウジアラビアでMERS-CoVが初めて報告されて以来、合計2,627例のMERS-CoV感染が検査室で確認され、946例が死亡しました(致命率36%)。なお、これらの症例はWHOの全6地域にまたがる27か国から報告されています。今回新たに報告された症例も含め、症例の大部分(2,218例、84%)はサウジアラビアから報告されています(図2)。2019年以降、中東以外の国からのヒトMERS-CoV感染は報告されていません。

図1. 2025年3月1日から4月21日までのMERS-CoV感染症例の地理的分布(サウジアラビア、都市・地域別) (n=9)。


表1:2025年3月1日から4月21日までにサウジアラビアで報告されたMERS-CoV感染症例



図2:報告年次別のMERS-CoV感染症例数(n=2,218)と死亡者数(n=865)*(2012~2025年)

中東呼吸器症候群(MERS)の疫学

MERSはコロナウイルス(MERS-CoV)によって引き起こされる呼吸器疾患です。確定症例における致命率は約36%ですが、軽症例は発見されないことが多いため、これは過大評価である可能性があります。致命率は検査で確認された症例に基づいて計算されているため、正しい死亡率を反映していない可能性があります。
ヒトは、ウイルスの自然宿主かつ動物としての感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触によってMERS-CoVに感染します。ヒトからヒトへの感染は、主に近距離における感染性の飛沫を介した感染や接触感染で成立し、特に医療現場での密接な接触場面で起こることが多いです。このような環境以外では、ヒトからヒトへの感染の報告はこれまで限定的です。
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状を示すものから、重篤な急性呼吸器疾患や死亡に至るものまで様々です。一般的な症状としては、発熱、咳、呼吸困難です。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。また、下痢などの消化器症状を呈する患者もいます。重症例では人工呼吸器を含む集中治療が必要となることもあります。重症化リスクが高いのは、高齢者、免疫力が低下している人、慢性疾患(糖尿病、腎臓病、がん、肺疾患など)のある人などです。
WHOに報告されたMERS-CoV感染者数は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が始まって以降、大幅に減少しています。流行初期は、SARS-CoV-2の疫学サーベイランスが優先された結果であったと思われます。両疾患の臨床像が似ているため、MERS-CoV感染の検査や検出例が減少したのかもしれません。しかし、サウジアラビア保健省は、COVID-19の流行が落ち着いて以降、MERS-CoVの検査能力向上に取り組んでおり、2023年第2四半期からは、インフルエンザとSARS-CoV-2の両方で陰性と判定された検体について、MERS-CoVを定点サーベイランスの検査アルゴリズムに含めています。加えて、SARS-CoV-2の感染予防策(マスク着用、手指衛生、物理的距離の取り方、屋内空間の換気、咳エチケット、自宅待機命令、移動制限などのIPC対策)も、MERS-CoVのヒトからヒトへの感染拡大の機会を減少させたと考えられます。SARS-CoV-2への感染やワクチン接種がMERS-CoV感染や重症度を低減させた、あるいはその逆にMERS-CoVへの感染がSARS-CoV-2に対する影響を与えた可能性があるなど、交差防御の仮説も提唱されていますが、さらなる調査が必要です。
現在、ワクチンや特異的な治療薬はありませんが、MERS-CoVに特異的なワクチンや治療薬がいくつか開発中です。治療は支持療法にとどまり、重症度に応じた症状の管理に重点を置いています。

公衆衛生上の取り組み

サウジアラビア保健省は以下の対応策を実施しました。
医療現場におけるIPC対策:
・医療従事者へのIPC対策に関する定期的な研修
・トリアージ手順、個人防護具(PPE)の使用、疑わしい症例の隔離手順など、厳格なIPC対策の実施
・感染者と接触者の隔離を迅速に実施
サーベイランスと検査:
・医療従事者を含む高リスク接触者の厳格な接触者追跡と検査
・2023年以降、定点サーベイランスの検査アルゴリズムにMERS-CoVを追加
公衆衛生意識と衛生習慣:
・ヒトからヒトへの感染防止のための公衆衛生意識向上キャンペーンの実施
・基礎疾患のある人に対し、動物、特にヒトコブラクダとの密接な接触を避けるよう助言を実施

WHOによるリスク評価

2025年4月21日現在、世界全体で2,627例のMERS-CoV感染が検査室で確認され、946例が死亡したとWHOに報告されています。これらの症例の大半はアラビア半島の国々で発生しており、2,218症例(84.4%)と865例の関連死(致命率39%)がサウジアラビアから報告されています。中東以外で注目すべきアウトブレイクは2015年5月に韓国で発生し、186例の検査室確定症例(韓国185例、中国1例)と38例の死亡例が報告されました。しかし、このアウトブレイクの初発患者は中東への渡航歴がありました。世界の患者数は、IHR(2005年)に基づきWHOに報告された、または保健省から直接報告された検査室確定症例数を反映しています。報告されなかった症例がある場合、これらの数字は実際の症例数に対して過小評価している可能性があります。死亡者数には、影響のあった加盟国へのWHOによる追跡調査に基づいて公式に報告した死亡者数を含んでいます。
ヒトは、MERS-CoVの自然宿主かつ動物としての感染源であるヒトコブラクダと、直接、または間接的に接触することでMERS-CoVに感染します。MERS-CoVはヒトの間でも感染することが証明されています。これまでのところ、観察されている非持続的なヒトからヒトへの感染は、密接な接触者の間や医療現場で起こっています。医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限定的です。
全体的なリスク評価は、これらの症例の報告によって変更されるものではありません。医療従事者の間で報告された6例の二次感染者のクラスターは、サウジアラビアが行った厳密な接触者の追跡と検査の結果であり、6例のうち4例は無症状、2例は軽度の非特異的な症状のみでした。WHOは、中東地域、またはMERS-CoVがヒトコブラクダの間で循環しているその他の国々から、MERS-CoV感染症例がさらに報告されること、また、ヒトコブラクダやその産物と接触(例えば、ラクダの生乳の摂取)した者や、医療現場でウイルスに曝露された者によって、他国へ感染症例が輸出され続けると予想しています。
WHOは引き続き疫学的状況を監視し、入手可能な最新の情報に基づいてリスク評価を行います。

WHOからのアドバイス

WHOは、現在の状況と入手可能な情報に基づき、すべての加盟国においてMERSを含む急性呼吸器感染症に対する強力なサーベイランスを実施することや、異常なパターンがあれば慎重に検討することの重要性について改めて呼びかけています。
MERS-CoV感染症の初期症状の認識の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、IPC対策の実施の遅れは、過去のアウトブレイクにおける医療現場でのMERS-CoVヒト-ヒト感染に関連しています。したがって、IPC対策はMERS-CoVの医療関連感染の拡大を防ぐために極めて重要です。医療従事者は、医療現場におけるあらゆる場面で、すべての患者に対して常に標準予防策を一貫して適用するべきです。
一般病室の換気量は、患者1人当たり毎秒60リットル(または毎時6回の換気)以上であるべきです。さらに、MERS-CoV感染の疑い症例、または確定症例に治療を提供する際は、標準予防策に加え、専用の備品を備えた個室への患者の配置や、清潔な非滅菌ガウン、手袋、ゴーグル、フィットした医療用マスクなどのPPE使用を含む接触・飛沫感染予防策を追加すべきです。エアロゾルを発生させる手技を行う場合、またはエアロゾルを発生させる手技が行われる環境では、換気量が毎秒160リットル(または毎時12回の換気)以上の処置室を使用するなど、空気感染予防策を追加すべきです。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例管理、迅速な症例の隔離、接触者の隔離、医療現場での適切なIPC対策、公衆衛生に対する意識向上によって防ぐことができます。
MERS-CoV感染症は、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全者などの基礎疾患を持つ人ほど重症化しやすいようです。従って、このような基礎疾患を持つ人は、ウイルスが循環している可能性のある農場、市場、または畜舎がある地域を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの密接な接触を避けるべきです。
動物に触れる前後の定期的な手洗いや、病気の動物との接触を避けるなど、一般的な衛生対策を遵守するべきです。
動物との接触に加えて、ラクダ由来の食品(ラクダの生乳や尿、適切に調理されていない肉)は摂取しないようにしてください。
WHOは、今回の事象に関して、入国地での特別なスクリーニングを勧めておらず、また、現在のところ、いかなる渡航や貿易における制限の適用も推奨していません。

出典

World Health Organization(12 May 2025) Disease Outbreak News; Middle East respiratory syndrome coronavirus - Kingdom of Saudi Arabia Available at:
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2025-DON569

備考

This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “Middle East respiratory syndrome coronavirus – Kingdom of Saudi Arabia. Geneva: World Health Organization; 2025. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO” shall be the binding and authentic edition.