コレラ - ハイチ共和国

Disease outbreak news  2022年12月13日

発生状況一覧

ハイチでは、2022年10月2日に3年ぶりのコレラの発生が報告されて以降、国内各地に急速に感染が拡大しています。
 
また、ギャングの犯罪、社会政治的混乱、治安の悪化、燃料不足、経済的不安定などにより、複合的な人道危機が急速に進んでいます。そのため、医療や水・食料・衛生・供給サービスなどの必要不可欠な資源のアクセスが 制約をうけています。このような状況により、ハイチ国民は現在拡大中のコレラに対して非常に脆弱になっています。

発生の概要

2022年10月2日から12月6日の間に、ハイチ国内の全10県から、死亡者283人を含む累計13,672人のコレラ疑い患者がハイチ公衆衛生人口省から報告され、症例致死率は2.05%でした。報告された患者の86%にあたる11,751人が入院しています。疑い症例のうち、最も高い割合となる89%にあたる12,112人の感染者を占めるのは西(Ouest)県です。報告されたコレラ疑い患者全13,672人のうち、59%が男性で、最も影響を受けた年齢層は1~4歳の子供で全体の19%、次いで20~29歳(15%)、30~39歳(15%)となっています。
 
合計1,193件の確定症例が報告されています。報告された確定症例の94%は、3つの県で占められています。西(Ouest)県で全体の79%にあたる94例、中央 (Centre) 県で全体の13%にあたる 156例、 ならびに アルティボニット(Artibonite) 県で全体の2%にあたる28例です。検査での確認には迅速診断テストがビブリオコレラ菌の同定のために便培養を用いて行われました。情報が入手できる確定コレラ患者のうち、57%にあたる680人が男性で、最患者数が多かった年齢層は、1~4歳(19%)、次いで30~39歳(15%)、5~9歳(14%)でした。
 
2022年11月4日現在、ポルトープランス刑務所から14人の確定症例を含む合計368人の疑い症例と14人の死亡症例が報告されています。これらの症例は、西(Ouest)県で報告された症例に含まれます。さらに、2022年11月21日現在、ドミニカ共和国公衆衛生省は、ハイチからの輸入コレラ症例2件を確認したと報告しています。
 
コレラは、2010年10月にハイチで初めて報告されました。2010年10月から2019年2月までに、ハイチでは9,792人の死亡を含む合計82万人のコレラ患者が報告され、この流行の最後の患者は、2019年1月にハイチのアルティボニット(Artibonite)県のレステール(I'Estère)で報告されました。同国では、2019年1月から2022年1月までの3年間、コレラ患者は1例も報告されていません。また、現在のアウトブレイクは複雑な人道的危機の中で発生しており、それによって疾病事態による負担を増長し、対応策に支障をきたしています。

図1.2022年10月2日から12月6日までにハイチで報告されたコレラ疑い患者数(13,672人)。
出典:ハイチ公共保健・人口省(MSPP)。PAHO/WHOによる。


図2:2022年9月29日~12月6日にハイチで報告されたコレラ疑い例(13, 276例)の地理的分布。
出典:ハイチ公共保健・人口省(MSPP)。PAHO/WHOによる。

コレラの疫学

コレラは、汚染された水や食品に含まれるビブリオコレラ菌を摂取することで発症する急性の腸管感染症です。主に衛生環境の不備や安全な飲料水へのアクセス不足が原因となっています。コレラは非常に悪性の疾患で、重度の急性水様性下痢症を引き起こし、高い罹患率と死亡率をもたらします。また、曝露の頻度、曝露された人々、環境に応じて、急速に広がる可能性があります。コレラは子供と大人の両方に感染し、治療を受けなければ数時間で死に至ることもあります。
 
潜伏期間は、汚染された食物または水の摂取後、12時間から5日間です。コレラ菌に感染しても、ほとんどの人は何の症状も現れませんが、感染後1~10日間は糞便中に菌が存在し、環境中に排出されるため、他の人に感染する可能性があります。症状が出る人の大半は軽度または中等度の症状ですが、ときに重度の脱水症状を伴う急性の水様性下痢・嘔吐を発症します。コレラは簡単に治療できる病気です。ほとんどの人は、経口補水液(以下、「ORS」という。)の迅速な投与により、治療が可能です。
 
水と衛生施設の機能停止や、劣悪で過密なキャンプに流れ込む人々の退避など、人道危機の結果、コレラ菌が存在したり持ち込まれたりすると、コレラ感染のリスクが高まる可能性があります。
 
コレラの発生を抑え、死者を減らすには、監視、水・衛生・保健(WaSH)、社会動員、治療、経口コレラワクチンの組み合わせなど、多部門にわたるアプローチが不可欠です。

公衆衛生上の取り組み

ハイチ保健省(MSPP)、WHO、その他のパートナーによって、以下のような緊急対応活動が行われています。
 
検査とサーベイランス
・WHOは、ハイチ公衆衛生省(MSPP)の疫学的サーベイランスと検査能力の向上を支援しています。センター県とウーエスト県で迅速診断テストを実施するために、看護師と検体採取チームのトレーニングが実施されています。
・陸上輸送の困難さを考慮し、WHOは国連人道奉仕団(UNHAS)の空輸機を利用して国立基準研究所(LNSP)へのサンプル輸送も支援しています。北西県から合計35のサンプルがLNSPに輸送されました。
・WHOはまた、ドミニカ共和国が自国内でのコレラの発生や輸入例を検知し、対応する能力を向上するための支援を行っています。
 
臨床管理
・WHOはハイチ保健省の支援により、アルティボニット(Artibonite)県と中央(Centre)県で現地調査を実施しました。現地調査の目的は、コレラ治療センター(以下、「CTC」という。)で提供されるサービスの質、症例管理の能力の拡大、コレラ対策のニーズと欠陥を評価することでした。
・WHOは、全10県の保健総局に陸路と空路で必須医薬品や医療用品を提供し続けており、乳酸リンゲル液、経口補水塩、輸液セットなど49トンの物資がこの15日間に届けられました。
・さらにWHOは、コレラ治療センター(CTC)の運営と治療の質の評価において、ハイチ保健省 を引き続き支援しています。現在、全国で70のCTCが稼働しています。内訳は、西(Ouest)県(市民刑務所のCTCを含む)で22施設、アルティボニット(Artibonite)県 11施設、南(Sud)県と南東(Sud-Est)県で8施設、グランダンス(Grand' Anse)県で6施設、北(Nord)県で6施設、北東(Nord-Est)県で4施設、北西(Nord-Ouest)県で4施設、中央(Centre)で2施設、ニップ(Nippes)県で1施設です。

安全なWASH施設へのアクセス
・地域レベルでのコレラ発生時の対応について、医療従事者の研修が行われました。
・コレラの流行地域におけるWASH(水、衛生設備)の状況調査が実施されました。

リスクコミュニケーションとコミュニティーの関与
・ハイチでは、WHOはパートナー機関やNGOの支援を受けて、コレラ予防のメッセージを印刷したパンフレットやポスターを9万枚以上作成し、西(Ouest)県で配布しました。
・WHOは、ユニセフおよび保健省(MSPP)のコミュニケー ション・ユニットと連携して、コレラ予防接種キャンペーンを支援するためのコミュニケーション戦略を策定しました。

反応性ワクチンキャンペーン
・アウトブレイク対策の一環として、経口コレラワクチン(OCV)接種の緊急反応性ワクチンキャンペーンがハイチ公衆衛生省によって認可されました。同国は、国際調整グループ(以下、ICG)に経口コレラワクチン提供を申請しました。ICGは、反応性ワクチンキャンペーンの実施に必要な160万回分のワクチンの要請の一部承認しました。

WHOのリスク評価

現在ハイチでは、コレラの発生に加え、ギャングの暴力、社会不安、治安悪化などの危機的状況が続いており、医療システムの対応能力に負荷がかかっています。イスパニョーラ島での今回の流行の全体的なリスクは、以下の理由により非常に高いと評価されています。
 
1.現在の社会経済状況、続発する人道的危機、食糧不安、劣悪な衛生状態が人口の大部分に影響を与え、脆弱な人々はコレラ感染やコレラ再発のリスクにさらされています。
2.安全な飲料水や衛生施設への一般住民のアクセスが制限されています。
3.暴動と治安悪化のため、ハイチにおける公衆衛生システムおよび国際パートナーの派遣できる人的資源が限られており、対応能力が低下しています。
4.物流問題、燃料不足、治安悪化により、物資の輸入が困難となり、流行地への移動に支障をきたしています。そのため、疫学的状況の適時な評価は困難です。さらに、医療施設から基準研究所への検体の輸送も、同じ理由で妨げられています。これらの課題は、未検出の症例や対応活動の遅れにつながっています。治安悪化と燃料が手に入らないことにより、住民の医療へのアクセスは限られ、治療の遅れと深刻な転帰を招く可能性があります。
 
ハイチで発生しているコレラの流行の規模や広がり、同国が現在直面している複雑な人道的危機、流行を抑えるための限られた資源、ドミニカ共和国への絶え間ない移住の流れを考慮すると、イスパニョーラ島のリスクは非常に高いと評価されています。
 
アメリカ大陸地域では、ハイチからアメリカ大陸の国や地域への絶え間ない移民の流れ、コレラ発生を探知し対応する能力の国によるばらつき、また同時に発生する公衆衛生上の緊急事態による医療従事者の消耗を考慮し、地域リスクは中程度と評価されました。
 
イスパニョーラ島(ハイチとドミニカ共和国)の事象がもたらす世界レベルのリスクは低いと評価されています。
 
WHOは疫学的な状況を継続して評価する予定です。

WHOからのアドバイス

WHOは、コレラ患者の適切かつ迅速な症例管理、安全な飲料水と衛生設備へのアクセスの改善、医療施設における感染、予防、管理の改善を推奨しています。これらの対策に加え、感染した地域社会での予防衛生習慣や食品の安全性を促進することが、コレラを抑制する最も効果的な手段です。
 
経口コレラワクチンは、コレラの発生を抑制するために、水と衛生の改善とともに、コレラ対策国際委員会(GTFCC)が推奨するコレラのリスクが高いことが知られている対象地域での予防のために使用されるべきです。さらに、住民は公衆衛生に関する重要な情報を知る必要があります。
 
ハイチでのコレラの再流行とドミニカ共和国で報告された輸入症例を考慮し、WHOは加盟国に対し、輸入症例や流行を予防し迅速に対応するためにコレラに対する監視を強化・維持するよう勧告しています。
 
WHOは、現在入手可能な情報に基づき、イスパニョーラ島への、またはイスパニョーラ島からの渡航や貿易を制限することは推奨していません。

出典

Cholera - Haiti
Disease Outbreak News 13December 2022
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2022-DON427