鳥インフルエンザA(H5N1)のヒト感染例報告-チリ共和国

Disease outbreak news 2023年4月21日

発生状況一覧

今回のアウトブレイクニュースは、チリ共和国(以下、「チリ」という。)における鳥インフルエンザA(H5N1)のヒト感染例報告として2023年4月6日に発表された記事の更新情報です。(※翻訳記事)その後、WHOはゲノム塩基配列解析結果および現在進められている公衆衛生対策に関する情報を入手しました。
 
4月5日、チリの国立インフルエンザセンター(NIC)であるチリ公衆衛生研究所(スペイン語の頭文字をとってISP) によるゲノム塩基配列解析が終了し、鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)系統分類2.3.4.4bと特定されました。ゲノム配列はチリ産の鳥類のH5ヘマグルチニン配列と99.9%の同一性を示し、ノイラミニダーゼ(NA)はチリ産の鳥類のN1配列と100%の同一性を示しました。
 
合計12人の接触者(濃厚接触者と医療従事者)が確認されましたが、全員がインフルエンザ検査で陰性となり、健康観察期間を終了しています。現在までに、チリでのさらなる感染者は確認されていません。
 
鳥インフルエンザがヒトに感染すると重症化する可能性があり、国際保健規則(IHR 2005)に基づき届出が義務付けられています。

発生の概要

既に伝えられているとおり、2023年3月29日、チリ保健省は、鳥インフルエンザA(H5)ウイルスのヒト感染症例検出をWHOに通知していました。
 
2023年4月7日、チリ国際保健規則における国の連絡窓口は、国立インフルエンザセンターが2023年4月5日に完了したゲノム塩基配列解析の結果、鳥インフルエンザA(H5N1)の系統分類クレード2.3.4.4bであると報告しました。
 
患者は、チリ北部のアントファガスタ(Antofagasta)州出身の53歳の男性で合併症や最近の渡航歴はありませんでした。
 
2023年3月13日、患者には、咳、咽頭痛、嗄声などの症状が現れました。3月21日、症状が悪化したため、地元の病院を受診しています。2023年3月22日には呼吸困難を呈し、アントファガスタ州の地域病院に入院となりました。重症急性呼吸器感染症(SARI)サーベイランスの通常の手順の一環として鼻咽頭拭い検体を採取し、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により新型コロナウイルス感染症は陰性と判定されました。3月23日、患者は集中治療室に入院し、抗ウイルス薬(オセルタミビル)と抗生剤による治療が開始されました。患者は肺炎を発症したため機械的に人工呼吸も行い、多角的管理のもと入院が続いています。 本症例が発見されて以来、標準的な感染管理予防策は守られていました。
 
3月27日、気管支肺胞検体を採取し、RT-PCR検査を行った結果、インフルエンザAウイルス(亜型不明)が陽性となりました。この検体はチリ公衆衛生研究所に送られ、3月29日に鳥インフルエンザA(H5)陽性と判定されました。 3月31日、さらなる解析のため国立インフルエンザセンターは、この患者の検体をWHO協力センターに送付しました。
 
4月5日、チリの国立インフルエンザセンターによってゲノム塩基配列解析が完了し、鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)の系統分類2.3.4.4bが確認されました。ゲノム塩基配列は、チリ産鳥類のH5ヘマグルチニン配列と99.9%の同一性を示し、ノイラミニダーゼ(NA)はチリ産鳥類のN1配列と100%の同一性を示しました。
 
この患者の濃厚接触者3名はいずれも無症状で、インフルエンザ検査も陰性であったため、健康観察期間を終了しました。さらに、医療従事者の接触者9名が確認され、全員がインフルエンザ検査で陰性となり4月4日に健康観察期間を終了しました。しかし、4月5日にそのうちの1名が呼吸器症状を呈したため、鼻咽頭ぬぐい検体を採取したところ、再びインフルエンザ陰性と判定され、この接触者については健康観察期間を7日間延長し、4月11日に終了しています。
 
鳥インフルエンザA(H5N1)は、2014年12月にWHOアメリカ地域で初めて鳥類で検出されました。2022年12月から2023年2月にかけて、患者が居住するアントファガスタ州の野生の水鳥(ペリカン、ペンギン)および海獣(アシカ)から高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)が検出されました。この患者に関する疫学調査によれば、感染経路は、患者の居住地に近い地域で、病死した海獣や野鳥の死骸が多数発見されたことからの環境暴露によるものが最も妥当であるとされています。

鳥インフルエンザAの疫学

人獣共通感染症であるインフルエンザは、ウイルスや宿主に関連する要因によって、無症状または軽症の上気道感染(発熱や咳)から、重症の肺炎、急性呼吸窮迫症候群、ショック、死亡へと急速に進行することがあります。まれに、消化器症状、神経症状が報告されています。鳥インフルエンザのヒトへの感染は、通常、感染した家禽(生死を問わず)や汚染された環境に直接または間接的にさらされた結果です。
 
2022年から2023年にかけてWHOアメリカ地域では、裏庭で飼育されるような家禽、農場飼育の家禽、野鳥、野生の哺乳類で高病原性鳥インフルエンザA(H5)のアウトブレイクが増加していることが報告されています。2014年にこの地域で初めて鳥インフルエンザA(H5N1)が確認されて以来、鳥インフルエンザA(H5)によるヒトへの感染は、2022年4月に報告された米国での1例目、2023年1月に報告されたエクアドルでの2例目、そして本例の3例が報告されています。世界的には、2003年以降、インフルエンザA (H5N1)ウイルスによるヒト感染873件、うち死亡458件(致死率52%)がWHOに報告されています。

公衆衛生上の取り組み

・前回の更新以降、追加の公衆衛生活動が報告されています。アントファガスタ地方で発生した鳥インフルエンザや他の地方で発生した鳥インフルエンザを追跡調査するために、チリ保健省、チリ農業省農業・畜産局(SAG)、チリ国立漁業・養殖局(SERBAPESCA)などによる各分野を横断した活動が行われています。
・呼吸器症状があり、野鳥、家禽、哺乳類に接触した人の積極的な追跡調査が行われています。
・季節性インフルエンザの予防接種は、国の予防接種プログラムのガイドラインに従って、リスク集団に対して実施されています。
・リスクコミュニケーションについては、さまざまな対象者に向けたメッセージを通じて、本疾病の発生と予防策についての情報が提供されています。
・チリ保健省は、動物の衛生上の緊急事態に対処するため、国家災害予防対策サービス(SENAPRED)の災害リスク管理委員会に積極的に参加しています。

WHOによるリスク評価

WHOのリスク評価は、前回の更新から変更されていません。
 
現地疫学調査の速報によると、感染経路は患者の居住地に近い地域で、病死した海獣や野鳥が発見されており、環境暴露によるものと考えるのが最も妥当だとされています。なお、これまでの情報では、他の個体からはウイルスが検出されていません。
 
鳥インフルエンザウイルスが家禽類、野鳥、哺乳類に流行している場合、感染した動物や汚染された環境にさらされることにより、ヒトにおける散発的な感染や小規模な集団感染の危険性があります。
 
検査確定症例の医療従事者やその他の接触者を監視するなど、ヒトと動物の両保健機関により公衆衛生対策が実施されています。現在入手可能な疫学的およびウイルス学的情報からは、H5N1を含むインフルエンザA(H5)ウイルスがヒトの間で継続して感染していく能力を獲得しておらず、ヒトからヒトへの伝播の可能性は低いことが示唆されています。現在までに得られた情報に基づき、WHOはこのウイルスが一般市民にもたらすリスクは低いと評価しています。
 
感染地域から感染者が海外に渡航した場合、渡航中または到着後に他国で感染が発見される可能性があります。このような事態が発生しても、本ウイルスがヒトの間で容易に感染する能力を獲得していないため、コミュニティレベルでのさらなる拡大は考えにくいと考えられています。

この予備的リスク評価は、今後、疫学的あるいはウイルス学的な新たな情報が得られた場合、必要に応じて見直される予定です。

WHOからのアドバイス

インフルエンザウイルスは常に変異しており、動物たちの間で大規模なアウトブレイクが発生しているため、WHOは、ヒトまたは動物の健康に影響を与える可能性のある新興、または既に流行しているインフルエンザウイルスに関連するウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出・監視する世界規模でのサーベイランスと、リスク評価のための迅速なウイルス情報の共有の重要性を引き続き説いています。ヒトへの感染を引き起こした人獣共通感染症であるインフルエンザウイルスの多様性は非常に危険であり、動物およびヒト両方の集団におけるサーベイランスの強化、すべての人獣共通感染症の徹底的な調査、およびパンデミックへの準備計画が必要となります。ヒトからヒトへの感染を引き起こす可能性をもたらすウイルスの変異を防ぐため、養鶏場の従業員には季節性インフルエンザワクチンを接種することが推奨されています。
 
WHOは、入国地で旅行者向けの特別なスクリーニングは推奨していません。 鳥インフルエンザや変種ウイルスを含む、パンデミックの可能性を持つ新型インフルエンザウイルスにヒトが感染したことが確定している、または疑われている場合には、接触者の追跡を開始し、動物への曝露歴や渡航歴について徹底した疫学調査を行う必要があります。疫学的調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示唆するような通常は見られないような異常な呼吸器系疾患の兆候を早期に発見することを含めるのがよく、患者が発生した時間と場所から採取した臨床検体を検査し、さらに特性を調べるためにWHO協力センターへ送るべきです。
 
ヒトのインフルエンザA(H5)を予防するための承認済ワクチンはありません。パンデミック対策として、ヒトのインフルエンザA(H5)感染を予防するワクチン候補のウイルスが開発されています。野鳥や一部の野生哺乳類において鳥インフルエンザの発生が比較的頻繁に確認されていることから、我々市民は原因不明の病気にかかっている動物や動物の死骸に触れることを避け、病気の動物や動物の死骸を発見した際には、関係当局に報告する必要があります。
 
動物のインフルエンザの発生が確認されている国への渡航者は、農場や生きた動物を扱う市場での動物との接触、動物が屠殺される可能性のある場所への立ち入り、動物の糞便やその他の体液で汚染されていると思われる物との接触を避けるべきです。また、石鹸を使って頻繁に手洗いを行い、食品の安全性と適切な食品衛生の習慣(火を通したものを食べる等)をしっかり守る必要があります。
 
疫学的状況の綿密な分析、ヒトや動物で見つかった最新のウイルスのさらなる解析、血清学的調査は、リスクを評価し、リスク管理策を適時に調整するために重要となります。
 
新型インフルエンザの亜型によるヒトへの感染はすべて国際保健規則(IHR 2005)の下で届出対象となり、IHRの締結国は、パンデミックを引き起こす可能性のあるA型インフルエンザウイルスによるヒトへの感染が検査確定した場合、直ちにWHOに通知することが求められています。この通知には、証拠データは必要ありません。

出典

Human Infection caused by Avian Influenza A (H5N1) - Chile
Disease Outbreak News 21 April 2023
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON461