デング熱 ― イラン・イスラム共和国

状況概要

2024年6月14日、イラン保健医学教育省(MoHME ; Ministry of Health and Medical Education)は、初のデング熱国内感染例2例を報告しました。イラン南部のホルモズガーン州バンダレ・レンゲで、デング熱の地域内感染(生来地域に生息している蚊が媒介した感染)が確認されたという内容です。以降、2024年7月17日現在までに報告された、国内におけるデング熱の地域内感染は12例に上り、すべてバンダレ・レンゲで報告されています。デング熱はデングウイルスによって引き起こされる蚊媒介性の疾患で、公衆衛生に深刻な影響を与える可能性があります。この感染症を媒介する主な蚊はヤブカ属の蚊のうち、主にネッタイシマカであり、ヒトスジシマカがそれに続きます。イランMoHMEは、病院の診療体制を強化するための措置を実施しました。世界保健機関(WHO ; World Health Organization)はイランMoHMEを支援し、サーベイランスの強化、医療・迅速診断用医薬品の配布、トレーニングの提供、リスクコミュニケーションとコミュニティエンゲージメント(RCCE;Risk Communication and Community Engagement)活動の組織化などを行っています。2024年5月16日、WHOはデング熱の世界的リスクを高リスクと再評価し、デング熱が依然として世界的な公衆衛生の脅威であることを改めて表明しました。デング熱媒介蚊がイラン国内に生息していること、デング熱媒介蚊にとって好ましい気候条件であること、デング熱の流行が続いている国や流行地域からイランへの人の移動があることから、イランにおけるリスクも高いと考えられます。

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発生の詳細

2024年6月14日、イランMoHMEは、イラン南部のホルモズガーン州バンダレ・レンゲにおけるデング熱の国内感染を報告しました。
イラン国外への渡航歴のない2例のデング熱感染例が、バンダルアバスにあるパスツール研究所のアルボウイルス・ラボラトリ―で実施されたPCR検査によって確認されました。
以降、2024年7月17日までに、イランでは合計12例のデング熱の国内感染例が報告されており、そのすべてがホルモズガーン州バンダレ・レンゲで報告されています。
イランでは2017年から2023年にかけて、毎年平均20例のデング熱の輸入感染症例が報告されていました。しかし、2024年にはデング熱の輸入感染症例が大幅に増加し、5月15日から7月10日の間に137例が報告されました。
2024年にデングウイルス(DENV)の国内感染が確認されたことは、国内に媒介蚊が存在し、流行地域からイランへの人の移動があることから予測可能ではありますが、国内感染のデング熱症例が確認されたことは初めてであり、異例な出来事です。
昆虫学的サーベイランスによると、現在までのところ、スィスターン・バルーチェスターン州、ホルモズガーン州、ブシェーフル州、フーゼスターン州、ギーラーン州ではネッタイシマカと一部のヒトスジシマカが定着しています。
WHO東地中海地域事務局では、デング熱の流行が、紛争の影響により医療体制が脆弱な国々や、医療体制は強固であるものの気候変動による異常な雨の影響を受けている国々の両方で報告され続けています。この地域のほとんどの国で、ネッタイシマカと一部のヒトスジシマカが確認されています。

デング熱の疫学

デング熱はDENVによって引き起こされる蚊媒介性のウイルス感染症で、公衆衛生に深刻な影響を与える可能性があります。デング熱は、蚊によって媒介されるウイルス性疾患の中で世界的に最も一般的であり、特に熱帯および亜熱帯地域において、その影響は甚大です。DENVは主にネッタイシマカやヒトスジシマカなど、DENVに感染したヤブカ属の蚊に刺されることで伝播します。蚊の発生と繁殖は、気温、湿度、降雨量などの気候要因に左右されます。このウイルスは感染した海外渡航者(輸入症例)によって運ばれることで、感染しやすい集団が存在し、ウイルスを媒介する蚊が地域に生息する場合に、新たな地域内感染が発生する可能性があります‘。
DENVには4つの血清型(DENV-1、DENV-2、DENV-3、DENV-4)があります。1つの血清型に感染すると、同じ血清型に対しては長期間の免疫が得られますが、他の血清型に対しては一過性の免疫しか得られず、その後、2度目の感染で異なる血清型のDENVに感染すると重症デング熱のリスクが高まります。デング熱はほとんどの場合、無症状か軽度の発熱性疾患です。しかし、ショック、重度の出血や臓器障害を伴う重症デング熱を発症する症例もあります。この重症化に至る病態は熱が下がった後に始まることが多く、激しい腹痛、持続的な嘔吐、歯茎からの出血、全身性の浮腫、意識障害や不穏、肝腫大などの重症化の兆候が先行します。
デング熱に特異的な治療法はありませんが、デング熱患者の迅速な診断、重症デング熱の兆候の評価、適切な全身管理が重症デング熱への進行と死亡を防ぐための重要な診療の要素となっています。WHOは、デング熱の流行度が高い環境において、6~16歳の小児にデング熱ワクチン(TAK-003)を接種することを推奨しています。

公衆衛生上の取り組み

イランMoHMEは、デング熱の新たな脅威に対応するため、病院の準備態勢を強化する施策を実施しました。この包括的なアプローチは、外来患者や病院スタッフが効果的な診断と治療を行えるよう準備することを目的としています。イランMoHMEは、媒介蚊の検出率と報告された症例数に基づいて、高リスクの9州#を特定し、重点的な介入を行っています。
#スィスターン・バルーチェスターン州、ブシェール州、ファールス州、ギーラーン州、ゴレスターン州、ホルモズガーン州、フーゼスターン州、マーザンダラーン州
 
WHOの支援により、デング熱を対象とした以下のような介入が行われています。
●感染が報告されたすべての州および国レベルでの、研究所および病院を拠点とした疾病サーベイランスの強化
●必要不可欠な医療の継続性の確保、そして有効な診断用品と症状管理のための医薬品の提供
●防疫対策として殺虫剤と、防蚊効果が長持ちする殺虫剤処理ネット(蚊帳)の提供
●症例管理に関わる医療従事者と、媒介蚊の監視と制御に携わる昆虫学者の研修
●RCCEに関する資料の提供や啓発キャンペーンの開催など、地域社会の意識向上キャンペーンに関する、国や州の保健省を含むパートナーとの協力
●活動を調整する省庁間チームの設立、イランMoHMEへの技術的・運営的支援の提供
●イランMoHMEの媒介疾患部門と地域アドバイザーの参加による技術会議の実施

WHOによるリスク評価

これは今回イランで初めて報告されたデング熱の国内感染例です。2024年に地域内でデング熱感染が確認されたことは、イラン国内に媒介蚊が生息し、流行地域からイランへの人の移動があるため、典型的ではありませんが予測可能な出来事です。
昆虫学的サーベイランスによると、現在までにネッタイシマカとヒトスジシマカは、スィスターン・バルーチェスターン州、ブシェーフル州、ファールス州、ギーラーン州、ゴレスターン州、ホルモズガーン州、フーゼスターン州、マーザンダラーン州の各州で生息が確認されています。
2024年5月16日、WHOはデング熱の世界的なリスクを再評価し、リスクが高いことを確認するとともに、デング熱が引き続き世界的に公衆衛生上の重大な脅威となっていることを強調しました。
イランにおいても、国内に媒介蚊が存在すること、媒介蚊にとって好ましい気候条件であること、流行が続いている国や地域からイランへの人の移動があることから、国内リスクは高いと考えられます。8月に予定されているアルバイン州の巡礼では、デング熱の患者を報告している国々を含む様々な国から数百万人がイランに渡航するため、輸入感染症例が増加し、それに伴い感染が拡大するリスクが高まると考えられます。

WHOからのアドバイス

媒介蚊の繁殖地がヒトの居住地に近いことは、DENV感染の重要な危険因子です。ヤブカ属はDENVに感染したヒトを刺咬した後にウイルスに感染し、その後、更なる刺咬によりウイルスを周囲に感染させます。従って、このサイクルにより、感染蚊は家庭内や近隣のヒトにDENVを拡散させ、クラスターを引き起こす可能性があります。グローバル・アルボウィルス・イニシアチブで説明されているように、デング熱への備え、予防、制御のための全ての要素を含む統合的なアプローチが必要です。
効果的な媒介蚊対策は、デング熱の予防と制御の鍵となります。ベクター対策は、住居、職場、学校、医療機関など、人とベクターが接触する危険性のある全ての場所を対象とする必要があります。WHOはヤブカ属の蚊を駆除するため、統合的なベクター管理(IVM ; Integrated Vector Management)を推進しています。IVM には、蚊が繁殖する場所の除去、媒介蚊の個体数の減少、蚊への曝露の最小化などが含まれます。具体的には、幼虫と成虫に対する媒介蚊対策(すなわち、環境管理と発生源対策)、特に貯水方法の監視、家庭用貯水容器の週1回の排水と洗浄、WHOが認定した適切な用量の幼虫駆除剤を使用した非飲料水の幼虫駆除、医療施設からのウイルス拡散を抑えるための発熱/デング熱入院患者への殺虫剤処理済み蚊帳(ITN; Insecticide-Treated Nets )の配布などが含まれます。デング熱に感染した蚊を迅速に封じ込めるための屋内空間での殺虫剤の噴霧は、人口密集地では難しいかもしれません。
ネッタイシマカは昼行性のため、夜明けから夕暮れまでは個々の防蚊対策が推奨されます。屋外での活動時には、忌避剤を皮膚に塗ったり、衣服に加工を施したり、長袖のシャツやズボンを着用するなどの防蚊対策が推奨されます。屋内では、日中は家庭用殺虫エアゾール製品や蚊取り線香の使用が推奨されるほか、窓やドアに網戸を設置して蚊の侵入を防ぐ、日中に就眠する場合は殺虫剤で処理された蚊帳を使用する、などの対策を行います。これらの対策と蚊の駆除は、媒介蚊が昼行性であることから、職場や学校も対象とすべきです。昆虫学的サーベイランスを実施し、蚊が繁殖する容器内のヤブカ属の蚊のリスクを評価することで、媒介蚊駆除活動の目標を定め、殺虫剤の耐性を監視し、最も効果的な殺虫剤ベースの介入策の選択に役立てるべきです。
デング熱に対する特効薬はありません。しかし、早期発見と全身状態を適切に管理できる医療機関へのアクセス状況の改善により死亡率を低下させることができます。また、重症化兆候を伴うデング熱の症例を迅速に検知し、重症症例を三次医療施設に迅速に搬送することも必要です。感染症サーベイランスは、全ての流行国、そして世界規模で引き続き強化されるべきです。可能であれば、患者搬送体制の強化や、DENVの検出と血清型分類の同定に資源を割くべきです。
WHOは、デング熱の流行度が高い環境において、6~16歳の小児にTAK-003を接種することを推奨しています。またWHOは、デング熱の流行度が高く、公衆衛生上大きな問題となっている地域において、TAK-003を定期予防接種プログラムに導入することを検討するよう各国に勧告しています。
6歳未満の小児に対するTAK-003の有効性は低いため、WHOは現在、定期予防接種プログラムでの使用を推奨していません。
また、WHOは、デング熱に対する予防接種戦略は、媒介蚊の駆除、適切な症例体制の確立、地域社会の教育、地域社会の関与を含む、デング熱を制圧するための統合戦略の一部でなければならないとも勧告しています。
各国は、特に臨床試験に関する最近のWHOの勧告 (https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA75/A75_R8-en.pdf)を踏まえ、研究プロジェクトの強化を通じて、デング熱やその他のアルボウイルスの効果的な診療体制、予防、制御の成功例から学び、踏襲し、また自らの経験を共有することが奨励されます。デング熱の臨床サーベイランスや症例報告・死亡報告を実施することは、この感染症をより深く理解する上で特に有用であり、新しい治療法を開発したり、臨床試験や診療の質を向上させたりするための基盤ともなります。
WHOは、最近発生したデング熱の流行や、ネッタイシマカやヒトスジシマカが生息する複数の地域での持続的な感染状況に鑑み、海外渡航者が感染のリスクを認識し、感染から身を守るための対策の情報をまとめました(Dengue information for travelers (who.int))。
また、WHOは、現在利用可能な情報に基づいて、一般的な渡航や貿易の制限を各国に適用することは推奨していません。

出典

World Health Organization (22 July 2024). Disease Outbreak News;  Dengue - Islamic Republic of
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON526

海外へ渡航される皆様へ

デング熱は主に熱帯地方の都市部で発生し、蚊が媒介して広がる病気です。以下の情報と対策を参考に、安全な旅行を心がけてください。
 
デング熱予防のための重要なポイント
1.蚊に刺されないようにする
・露出した皮膚には虫除け剤(忌避剤)を使用してください。
・長袖のシャツや長ズボンを着用し、裸足でのサンダル履きをしないなど、できるだけ肌の露出を避けましょう。
・屋内では網戸やエアコンを使用し、蚊の侵入を防ぎましょう。
・蚊のいる環境では、就寝時には殺虫剤処理された蚊帳を利用し、昼寝の際も使用することをお勧めします。

2.渡航先の情報を確認する
・FORTHウェブサイトで渡航先の疾病流行情報を確認しましょう。
・WHOや渡航先の公衆衛生機関から提供される最新の情報を確認し、デング熱の流行状況を把握しましょう。
・デング熱の予防と対策について、現地のガイドラインに従ってください。

3.健康管理
・旅行中や帰国後に発熱や体調不良を感じた場合は、速やかに医療機関を受診し、渡航先の情報を伝えてください。
・デング熱に感染した場合、早期の診断と適切な病態の管理が重要となります。
 
デング熱には特効薬がないため、予防が最も重要となります。これらのアドバイスに従い、安全な渡航を心がけ、デング熱の感染リスクを減らしましょう。

備考

厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成。
 
This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “Dengue - Iran (Islamic Republic of). Geneva: World Health Organization; 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
This is an adaptation of an original work “Dengue - Iran (Islamic Republic of). Geneva: World Health Organization (WHO); 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition.