チャンディプラウイルスによる急性脳炎症候群-インド

状況概要

2024年6月上旬から8月15日までの間、インド政府保健家族福祉省は、82例の死亡者を含む245例の急性脳炎症候群(致命率Case Fatality Ratio(CFR) 33%)を報告しました。このうち64例はチャンディプラウイルス(CHPV;Chandipura virus)感染が確認されています。CHPVはインドの風土病であり、これまでも定期的に発生していました。しかし、今回の流行は過去20年間で最大です。CHPVはラブドウイルス科に属するウイルスで、インドの西部、中部、南部で、特にモンスーン期に急性脳炎症候群の散発例や集団発生を引き起こすことが知られています。サシチョウバエ、蚊、マダニなどの節足動物によって媒介されます。CHPV感染による致命率は高く(56~75%)、特異的な治療法やワクチンはありませんが、早期の診療と集学的な支持療法によって生存率を高めることができます。インド政府保健家族福祉省はCHPVの感染制御に努めていますが、モンスーンの季節は感染地域の媒介動物にとって好条件となるため、(2024年8月23日時点で)今後数週間はさらなる感染拡大の可能性があります。WHOは、CHPVのさらなる蔓延を防ぐため、媒介動物の駆除、およびサシチョウバエ、蚊、マダニに刺されないようにすることを推奨しています。

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発生の詳細

2024年6月上旬から8月15日までの間、インド政府保健家族福祉省は、82人の死亡者(CFR 33%)を含む245例の急性脳炎症候群を報告しました。現在インドでは計43地区から急性脳炎症候群の患者が報告されています。これまでの大流行と同様、様々な地区で散発的に患者が発生していますが、特にグジャラート州では4~5年ごとにCHPVによるアウトブレイクが増加しています。
 
報告された全245例の急性脳炎症候群のうち、免疫グロブリンM酵素結合免疫吸着測定法(IgM ELISA)または逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により64例でCHPV感染が確認されました。確認された64症例のうち、61症例がグジャラート州から、3症例がラジャスタン州からの報告でした。
 
急性脳炎症候群の新規症例数は、2024年7月19日以降、毎日減少傾向が観察されています[1][2]。
 
現在までのところ、CHPVのヒトからヒトへの感染は報告されていません。2003年にアンドラ・プラデシュ州で急性脳炎症候群の大規模なアウトブレイクが報告され、329例の疑い例と183例の死亡例がありましたが、これはCHPVによるものだという研究があります[2]。

チャンディプラウイルスの疫学

CHPVはラブドウイルス科に属するウイルスで、インドの西部、中部、南部で、特にモンスーン期に急性脳炎症候群の散発例や集団発生を引き起こすことが知られています。 サシチョウバエ、蚊、マダニなどの媒介動物に刺される事によって感染します。グジャラート州ではサシチョウバエの一種がCHPVを媒介するとされています。CHPVは高い致命率を示し、過去にインドで発生した集団感染では56%から75%の致命率が報告されています。主に15歳以下の小児が罹患し、発熱を伴う疾患として発症し、けいれん、昏睡、場合によっては死に至ることもあります。小児の場合、発症から48~72時間以内に死亡することが多く、典型的な症状は急性脳炎症候群です。
 
CHPVはインド以外では検出されていませんが、アジアやアフリカの他の国々にも存在する可能性を指摘した研究 [3]もあります。サシチョウバエは東南アジア地域にも多く生息しています。これまでに、インドから他国への渡航者で、このウイルスが検出されたことはありません。

公衆衛生上の取り組み

保健家族福祉省は以下のような予防・対策を行っています:
・NJORT(National Joint Outbreak Response Team)の派遣: 専門チームが派遣され、グジャラート州政府を支援し、公衆衛生対策を実施し、詳細な疫学調査を行っています。
・ベクター対策: ウイルスを媒介するサシチョウバエなどの媒介動物を駆除するため、広範囲の殺虫剤散布と燻蒸が実施されています。
・保健・啓発キャンペーン: 一般市民や医療関係者に対し、ウイルスやその症状、予防策に関する情報を提供する取り組みが行われています。
・研究とモニタリング :グジャラート・バイオテクノロジー研究センターは、脳炎を引き起こす他のウイルスを特定するための研究を積極的に行っており、状況を注意深く監視しています。
・勧告と調整 :国立疾病管理センター(NCDC ; National Centre for Disease Control)と国立媒介感染症管理センター(NCVBDC ; National Centre for Vector Borne Diseases Control)の共同勧告が、急性脳炎症候群の症例を報告している近隣州に対して周知するために出されています。
 
州当局は以下のような公衆衛生対策を行っています。
・グジャラート州:同州は、媒介動物駆除のための殺虫スプレー、地域住民参加型の対策、医療関係者の啓発、指定医療機関への適時症例紹介など、様々な公衆衛生対策を行っています。
・ラジャスタン州:保健省は、ドゥーンガルプル地区で3歳の男児が陽性と診断されたことを受け、CHPVに関する予防措置をとるよう医療関係者に詳細な勧告( https://www.newsonair.gov.in/rajasthan-health-dept-issues-detailed-advisory-to-take-precautions-for-chandipura-virus-after-child-tests-positive/)を出しました。また、グジャラート州に隣接するウダイプル、ドゥーンガルプル、バンスワラ、シロヒ、ジャロルの各地区でも警報を発令しました。

WHOによる支援

WHOは、保健サービス局長の下に設置された合同モニタリンググループのメンバーとして、保健家族福祉省と緊密に連携しています。同グループは対応活動をモニタリングし、効果的な対応を調整・維持するための戦略的ガイダンスを提供しています。WHOの現地チームは、現地当局と積極的に関わり、技術的な情報について話し合い、共有しています。さらに、WHOの現地チームは、現地の主要な保健当局者や医療機関の臨床医と密に連絡を取り合い、状況を注意深く監視するとともに、イベントベースサーベイランスにて確認された事案の検証を支援しています。

WHOによるリスク評価

インドでは過去にも流行が報告されていますが、今回の流行は過去20年間で最大と考えられています。当局はCHPVの伝播抑制に努めていますが、感染地域のモンスーン期が媒介動物発生の好条件であることを考慮すると、今後数週間でCHPVの伝播がさらに拡大する可能性があります。
 
CHPV感染は急速な症状の出現と高い致命率(56~75%)を引き起こします。特異的な治療法やワクチンはなく、対症療法がおこなわれます。急性脳炎症候群が疑われる症例を指定医療機関に適時に紹介することで、予後を改善することができます。 CHPV感染は、サーベイランス、症例管理、感染予防と管理、CHPV感染を診断する検査能力など、公衆衛生システムへの大きな負荷を伴う流行を引き起こす可能性があります。
 
WHOは、上記を踏まえ、インドにおける国家レベルでのリスクを中程度と評価しました。リスク評価は、流行状況に応じて見直される予定です。

WHOからのアドバイス

CHPV感染を防ぐには、ベクターコントロールを行うことと、サシチョウバエ、蚊、マダニに刺されないようにすることが重要です。住宅や家庭の劣悪な衛生状態(廃棄物管理や下水道の未整備)では、サシチョウバエの繁殖・休息場所を増やすとともに、媒介動物がヒトに接触する機会を増やす可能性があります。
 
特異的な抗ウイルス治療法や承認されたワクチンはありませんが、早期に治療や支持療法を受けることで、転帰を改善することができます。標準的な脳炎管理などのプロトコールに従って紹介前の症例を管理するために、一次医療施設や地域の医療施設における基本的な支持療法の能力を確保することが重要です。そのため、早期発見と適切なケアへのアクセスのためには、疾患の病態や指定医療機関への紹介経路に関する現場の医療従事者の知識を高めることが重要です。
 
CHPV感染の高リスク地域では、急な発熱と中枢神経系症状の発症を示す15歳未満の小児など、リスクのある人々に焦点を当て、サーベイランス活動を強化すべきです。
 
血清学的およびウイルス学的調査のため、血清および脳脊髄液検体の適時の採取、輸送、検査など、検査室での診断能力を確保することが重要です。
 
リスクコミュニケーションとコミュニティエンゲージメントは、効果的なベクターコントロール活動を実施するために不可欠です。潜在的なリスク、予防法、症状、検査や治療を受けるべき時期についての認識と知識を、リスクを抱えるコミュニティの間で高める必要があります。
 
WHOは、入手可能な情報に基づき、一般的な渡航及び貿易の制限は推奨していません。

出典

・World Health Organization. (2024). Operational-manual on indoor residual spraying: Control of vectors of malaria, Aedes-borne diseases, Chagas disease, leishmaniases and lymphatic filariasis. https://www.who.int/publications/i/item/9789240083998
・Bhatt, P. N., & Rodrigues, F. M. (1970). Chandipura:A new arbovirus isolated in India from patients with febrile illness. CABI Databases. https://www.cabidigitallibrary.org/doi/full/10.5555/19701000635
・Chadha, M. S., Arankalle, V. A., Jadi,R. S., Joshi, M. V., Thakare, J. P., Mahadev, P. V. M., & Mishra, A. C.(2005). An outbreak of Chandipura virus encephalitis in the eastern districts of Gujarat State, India. American Journal of Tropical Medicine & Hygiene,73(3), Article 3. http://www.ajtmh.org/cgi/content/abstract/73/3/566
・Sudeep, A. B., Gurav, Y. K., & Bondre, V. P.(2016). Changing clinical scenario in Chandipura virus infection. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27748295/
 
[1] https://pib.gov.in/PressReleaseIframePage.aspx?PRID=2039935
 
[2] https://www.newsonair.gov.in/rajasthan-health-dept-issues-detailed-advisory-to-take-precautions-for-chandipura-virus-after-child-tests-positive/
 
[3] Sapkal, G. N., Sawant, P. M., & Mourya, D. T. (2018). Suppl-2, M2: Chandipura Viral Encephalitis: A Brief Review. The Open Virology Journal, 12, 44. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6142667/
 
World Health Organization  (23 August 2024). Disease Outbreak News; Acute encephalitis syndrome due to Chandipura virus – India
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON529


海外へ渡航される皆様へ

CHPVはインドで特にモンスーン期に発生し、主に15歳以下の小児に重い脳炎を引き起こすウイルスです。CHPVを保有した サシチョウバエや蚊、マダニに刺されることで感染し、死に至ることもあります。インド以外の国ではまだ検出されていませんが、アジアやアフリカの他の地域にも存在する可能性が指摘されています。インドからの旅行者による感染の拡大は今のところ確認されていませんが、注意が必要です。以下の情報と対策を参考に、安全な旅行を心がけてください。
 
・媒介動物対策:虫除け剤(忌避剤)や長袖長ズボンなど、虫刺されを防ぐための予防策を準備しましょう。また、滞在中は蚊帳や窓の閉鎖を徹底し、サシチョウバエ、蚊、マダニに刺されないように注意してください。
・衛生管理:滞在先の衛生状態を確認し、ゴミの処理や下水道の整備が適切に行われているか確認しましょう。劣悪な環境は、サシチョウバエや蚊の繁殖を助長します。
 
渡航中、渡航後に、発熱や中枢神経症状(頭痛、意識混濁など)が現れた場合は、速やかに医療機関を受診して下さい。帰国後の体調不良時には、インドへの渡航歴を伝えましょう。CHPV感染症には特効薬や承認されたワクチンがなく、個人個人の予防行動が最も重要となります。これらのアドバイスに従い、安全な渡航を心がけ、感染リスクを減らしましょう。

備考

厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成。

This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “Antimicrobial Resistance, Hypervirulent Klebsiella pneumoniae - Global situation. Geneva: World Health Organization; 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO.
This is an adaptation of an original work “Antimicrobial Resistance, Hypervirulent Klebsiella pneumoniae - Global situation. Geneva: World Health Organization (WHO); 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition.