鳥インフルエンザ(H5N1)-カンボジア王国

状況概要

2024年8月20日、世界保健機関(WHO ; World Health Organization)は、カンボジア王国で15歳の小児が鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルス(クレード2.3.2.1c)に感染したことが検査にて確認された症例について、同国の国際保健規則(IHR ; International Health Regulation)担当部局(NFP ; National Focal Point)から通知を受けました。この症例は、2024年に同国で報告されたインフルエンザA(H5N1)ウイルスのヒト感染例10例のうちの1例です。2003年から現在までに、カンボジア王国では、43例の死亡例(症例致命率[CFR ; Case Fatality Ratio]59.7%)を含む72人のインフルエンザA(H5N1)ヒト感染例が報告されています。IHR(2005年)によれば、新しいインフルエンザAウイルスの亜型によるヒト感染は、公衆衛生に大きな影響を与える可能性のある事象であり、WHOに報告されなければなりません。現在入手可能な情報に基づき、WHOは、現時点でこのウイルスが一般住民にもたらすリスクは低いと評価しています。

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発生の詳細

2024年8月20日、カンボジア王国のIHR NFPは、WHOに対し、プレイベン州在住の基礎疾患のない15歳の小児がインフルエンザA(H5N1)に感染した1症例を報告しました。この小児は、2024年8月11日に発熱し、8月17日、プノンペンの重症急性呼吸器感染症定点医療機関に入院しました。入院時、患者は発熱、咳、咽頭痛、呼吸困難を呈し、同日、オセルタミビルによる治療が開始されました。8月17日に鼻咽頭および口腔咽頭スワブ検体が採取され、患者は8月20日に死亡しました。
8月17日に採取されたスワブ検体は8月19日にカンボジア国立公衆衛生研究所に到着し、8月20日に定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-qPCR)によりインフルエンザA(H5N1)陽性と判定されました。この結果は同日、カンボジア国立パスツール研究所によって確認されました。検体の塩基配列の解析によれば、ヘマグルチニン(HA ; Haemagglutinin)遺伝子の系統解析の結果、このウイルスはH5クレード2.3.2.1cであり、2013年から2014年にかけてカンボジアおよび東南アジアで流行しているウイルスと類似していました。しかし、その内部遺伝子はH5クレード2.3.4.4bウイルスに属していました。この新規の遺伝子再集合型(リアソータント)インフルエンザA(H5N1)ウイルスは、2023年後半からカンボジアで報告されているヒト症例から検出されています。
初期の調査によると、患者が発症する5日ほど前に村で家きんが死んだという報告がありました。患者の家族はこれらの鶏の一部を食用としており、患者は食事の準備中に鶏肉に触れました。
カンボジア保健省伝染病管理局と地元の迅速対応チームがさらに調査を行いました。6人の濃厚接触者が特定され、オセルタミビルが提供されました。すべての濃厚接触者は経過観察中であり、無症状です。公衆衛生および動物衛生並びに環境のさらなる調査と対応措置が進行中です。村の鶏とアヒルから採取した検体は現在検査中です。
鳥インフルエンザA(H5N1)は2003年12月にカンボジアで初めて検出され、当初は野鳥が感染しました。その後2014年まで、家きんから人への直接または汚染された環境を介した間接的な感染により、散発的な人への感染例が報告されました。2014年から2022年にかけて、A(H5N1)ウイルスによるヒト感染の報告はありませんでした。しかし、2023年2月にカンボジアでA(H5N1)ウイルスによるヒト感染が再度報告され、同年6例が報告されました。今回の症例は、2024年にカンボジアで報告されたインフルエンザA(H5N1)ヒト感染例10例のうちの1例です。10例のうち2例は致死的で、9例は18歳未満でした。2003年から現在まで、同国では43例の死亡例(CFR 59.7%)を含む72例のインフルエンザA(H5N1)感染例が報告されています。

動物インフルエンザAウイルスの疫学

動物インフルエンザウイルスは通常、動物の間で流行していますが、ヒトにも感染することがあります。ヒトへの感染は主に、感染した動物や汚染された環境との直接的な接触によって起こります。元の宿主動物の種類によって、インフルエンザAウイルスは、鳥インフルエンザウイルス、豚インフルエンザウイルス、その他の動物インフルエンザウイルスに分類されます。
ヒトにおける鳥インフルエンザウイルス感染は、軽度な上気道感染からより重度の症状までの範囲で疾患を引き起こし、時として致死的となることもあります。呼吸器感染のほか、結膜炎、胃腸症状、脳炎、脳症も報告されています。また、感染した鳥に曝露された無症状の人からA(H5N1)ウイルスが検出された例もあります。
ヒトのインフルエンザ感染を診断するには、臨床検査が必要です。WHOは、分子生物学的手法、例えばRT-PCRを用いた動物インフルエンザの検出に関する技術ガイダンス指針を定期的に更新しています。いくつかの抗ウイルス薬、特にノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)は、ウイルスの複製を抑制し、一部の症例では治療により生存率を改善することが示唆されています。
2003年から2024年8月20日までに、24カ国からWHOに報告された鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスによるヒト感染症例は903例、うち死亡例は464例(CFR 51.4%)でした。これらの症例のほとんどすべてが、感染した生きた鳥や死んだ鳥、あるいは汚染された環境との密接な接触に関連しています。

公衆衛生上の取り組み

この鳥インフルエンザ発生に対応するため、保健省の国家および地方の迅速対応チームが、さらなる調査と対応のために派遣されています。対応措置は、地方自治体、環境省、農林水産省と連携して実施されています。
  • 鳥インフルエンザの動物への感染や感染源の特定、疑わしい動物やヒトの症例の発見、地域社会への感染予防のための調査が進行中です。
  • 濃厚接触者はモニタリングされ、予防としてオセルタミビルの投与が行われています。
  • 感染者が出た村では健康教育キャンペーンが実施されています。
  • 家きんの殺処分、死骸や汚染された可能性がある物質の安全な処分、洗浄と消毒を含む制圧対策が実施されています。
WHOは、調査や対応に技術的な支援を提供してきており、その中には、一般市民の意識を高め予防行動を取り入れるための努力や、早期発見を支援し、症例の臨床管理を強化するため、医療従事者に鳥インフルエンザを臨床的に疑ってもらうことを促進する努力も含まれています。WHOは、ワンヘルス対応のための協調行動を確保するため、パートナーとの協力を続けています。

WHOによるリスク評価

2003年から2024年8月20日までに、WHOに報告された鳥インフルエンザA(H5N1)のヒト感染例は、本症例を含め世界24カ国から合計903例でした。鳥インフルエンザA(H5N1)にヒトが感染したほぼすべての症例は、A(H5N1)に感染して生きている、または死んだ鳥類や哺乳類、あるいは汚染された環境との濃厚接触に関連しています。
入手可能な疫学的およびウイルス学的証拠は、A(H5N1)ウイルスがヒトの間で持続的に伝播する能力を獲得していないことを示唆しています。したがって、現時点ではヒトからヒトへの持続的伝播の可能性は低いと考えられます。このウイルスは家きん、特にカンボジアの農村部で循環し続けているため、さらなる散発的なヒトへの感染が予想されます。
現在、入手可能な情報に基づき、WHOはこのウイルスがもたらす公衆衛生上のリスクは全体的に低いと評価しています。リスク評価は、追加情報が入手可能になれば、必要に応じて見直されます。
疫学的状況の詳細な分析、ヒトおよび家きんの集団における最新のインフルエンザA(H5N1)ウイルスのさらなる特徴づけ並びに血清学的調査は、公衆衛生に関連するリスクを評価し、リスク管理対策を迅速に調整するために重要です。
季節性インフルエンザウイルスに対するワクチンは、インフルエンザA(H5N1)ウイルスの感染からヒトを守ることはできません。ヒトへのインフルエンザA(H5N1)感染を予防するワクチンの候補は、いくつかの国でパンデミック対策として開発されています。WHOは、人獣共通感染症用インフルエンザワクチン候補ウイルス(CVV ; Candidate Vaccine Viruses)のリストの更新を続けており、年に2回、インフルエンザウイルスワクチンの構成に関するWHOの協議で選定されます。このようなCVVのリストは、WHOのウェブサイトで入手可能です。また、現代の人獣共通感染症インフルエンザウイルスの遺伝学的および抗原学的特徴については、こちらで公表されています。

WHOからのアドバイス

今回の症例発生によって、現在のWHOの公衆衛生対策とインフルエンザのサーベイランスに関する勧告の変更はありません。一般市民は、生きた動物の市場や農場、生きた家きん、家きんの糞で汚染された可能性のあるものの表面など、リスクの高い環境との接触を避けるべきです。さらに、石鹸を使用した頻繁な手洗いやアルコールベースの手指消毒剤を使用し、手指衛生を保つことが推奨されます。
一般市民やリスクのある人は、動物が病気になった場合や予期せず死亡した場合、直ちに獣医当局に報告すべきです。病気の家きんや、予期せず死亡した家きんの取り扱い(屠殺、食肉処理、食用の準備を含む)は避けるべきです。
感染した可能性のある動物や汚染された環境にさらされ、体調不良を感じた人は、速やかに医療機関を受診し、医療提供者に感染の可能性を伝えるべきです。
WHOは、ヒトと動物の接点におけるインフルエンザウイルスの現状から、入国地点での特別な渡航者スクリーニングやその他の制限を実施しないよう助言しています。
IHR(2005年)の参加国は、インフルエンザウイルスの新たな亜型によるヒト感染例が検査診断された場合、症状の有無にかかわらず直ちにWHOに通知することが義務付けられています。

出典

World Health Organization (2 September 2024). Disease Outbreak News; Avian Influenza A(H5N1) – Cambodia
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON533

海外へ渡航される皆様へ

現在、動物の間で流行が見られる鳥インフルエンザウイルスについては、ヒトからヒトへ容易に感染する能力を獲得していないと考えられています。しかし、感染した動物との接触によりヒトが鳥インフルエンザウイルスに感染した事例は各地で報告されています。
鳥インフルエンザウイルスに対するヒト用ワクチンは一般的に使用されていません。そのため、感染リスクのある場所や物、動物との接触を避けることが最も効果的な予防法です。FORTHウェブサイトで訪問先の国の感染症流行情報を確認し、鳥インフルエンザが発生している国へ旅行される際には、以下の点にご注意ください。
 
1.動物との接触を避ける:
  • 養鶏場、鳥の羽をむしるなどの処理をしているところ、生きた動物を売買している市場に不用意に近づかないようにしましょう。
  • 弱った鳥や死んだ鳥にさわったり、鳥のフンが舞い上がっている場所 で、ホコリを吸い込まないようにしましょう。
2.手洗いの徹底:
  • 渡航期間中、日常的に流水、石鹸で手を洗うなど、基本的な感染症予防を心がけましょう。
3.帰国後の留意点:
  • 発生国からの帰国時に発熱やせきがある方、鳥インフルエンザに感染した動物(死んだ動物を含む)や患者に接触したと思われる方は、検疫所の担当者に相談してください。
  • 動物で鳥インフルエンザの発生がみられる地域から帰国された場合、帰国後10日間は、発熱や咳や痰などの呼吸器症状に注意を払いましょう。症状がみられる場合は、医療機関受診時に、海外渡航歴及び動物との接触歴を伝えてください。
 
これらの対策を徹底し、安全と健康に留意して渡航しましょう。

備考

厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成。
 
For translations: “This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “Avian Influenza A(H5N1) - Cambodia . Geneva: World Health Organization; 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO” shall be the binding and authentic edition”.
For adaptations: “This is an adaptation of an original work “Avian Influenza A(H5N1) - Cambodia . Geneva: World Health Organization (WHO); 2024. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition”.