中東呼吸器症候群-サウジアラビア王国(2025年3月13日)

状況概要

サウジアラビア王国(以下、「サウジアラビア」という。)から世界保健機関(WHO ; World Health Organization)に報告された中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV ; Middle East respiratory syndrome coronavirus)感染症に関する半年に1度の最新情報を概要します。2024年9月6日から2025年2月28日までに、2例の死亡例を含む4例のMERS-CoV感染症例がサウジアラビア保健省からWHOに報告されました。4例のうち1例は医療施設でウイルスに暴露された二次感染者でした(院内感染例)。この4例の濃厚接触者について保健省は追跡調査を行いましたが、追加の二次感染者は検出されていません。これら4例の届出によりWHOの総合的なリスク評価が変わることはなく、リスクは世界レベルでも地域レベルでも中程度に留まっています。これらの症例の報告から、このウイルスがヒトコブラクダで循環している国々、特に中東の国々では、引き続き脅威となっていることがわかります。
 
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発生の詳細

2024年9月6日から2025年2月28日の間に、サウジアラビア保健省は、MERS-CoV感染症例4例(うち死亡2例)を報告し、最後の症例を2025年2月4日に報告しました。症例はサウジアラビアのヘイル州(2例)、リヤド州(1例)、東部州(1例)から報告されました(図1)。2024年11月8日から2025年2月4日の間に、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR ; Real-Time Polymerase Chain Reaction)検査により検査室での症例確認が行われました。
症例は27~78歳の男性で、全例が併存疾患を有していました。医療従事者はおらず、調査によりMERS-CoVの宿主であるヒトコブラクダやその生乳との間接的接触が判明したのは1例のみでした。
2024年11月に発症した2例は同じ病院内で確認されました。最初の症例は11月11日にRT-PCR検査で確認され、濃厚接触者の追跡調査により、同じ病室を共有し、その後発症した二次症例が判明しました。2例はいずれも、発症前14日間にラクダの生乳を摂取するなど、直接または間接的なラクダとの接触はありませんでした。
2012年にサウジアラビアでMERS-CoVが初めて報告されて以来、WHOには、WHOの6つの地域全てにわたる27カ国から、合計2,618例のMERS-CoV感染症例と945例の関連死(致命率36%)が報告されています。症例の大部分(2,209例、84%)は、今回新たに報告された症例を含め、サウジアラビアから報告されています。2019年以降、中東以外の国からのMERS-CoV感染症例は報告されていません。
 
図1. 2024年9月6日から2025年2月28日までのMERS-CoV感染症例の地理的分布(都市・地域別)、サウジアラビア(n=4)。



図2:2012~2025年にサウジアラビアで報告されたMERS-CoV感染症例(n=2,209)と死亡例(n=864)の流行曲線。

 

中東呼吸器症候群の疫学

MERSはMERS-CoVによって引き起こされるウイルス性呼吸器感染症です。MERS患者の約36%が死亡していますが、軽症例はしばしば検出されないため、これは過大評価されている可能性があります。また、致命率は検査確定例のみに基づいて算出されているため、正確な致命率を反映できていない可能性があります。 MERS-CoVの自然宿主かつ動物としての感染源であるヒトコブラクダとの直接的または間接的な接触によって、ヒトはMERS-CoVに感染します。MERS-CoVはヒトからヒトへ感染する能力があることも証明されています。これまでのところ、非持続的なヒトからヒトへの感染が濃厚接触、特に医療現場の中で起こっており、医療現場以外でのヒトからヒトへの感染は限られています。
MERS-CoV感染症は、無症状または軽度の呼吸器症状を示すものから、重篤な急性呼吸器疾患や死亡に至るものまで様々です。MERSの典型的な症状は発熱、咳、息切れです。肺炎はよく見られる所見ですが、常に見られるわけではありません。下痢などの消化器症状も報告されています。重症化すると呼吸不全を引き起こす可能性があり、集中治療室での人工呼吸器による補助が必要となります。このウイルスは、高齢者、免疫の低下した人、腎臓病、癌、慢性肺疾患、糖尿病などの基礎疾患を持つ人で重症化するリスクが高いと考えられています。
WHOへのMERS-CoV感染症例報告数は、COVID-19緊急事態の間に大幅に減少しました。この減少は、当初はCOVID-19に対する疫学的サーベイランスを優先されたことに起因していたと考えられていました。両疾患の臨床症状が重複しているため、MERS-CoVの検査や検出が減少した可能性もあります。さらに、SARS-CoV-2の感染を抑制するために実施された公衆衛生対策(マスクの着用、手指衛生、物理的距離の確保、室内換気の改善、咳エチケット、自宅待機命令、移動の制限など)も、MERS-CoVのヒト-ヒト感染の機会を減少させたと考えられます。SARS-CoV-2への感染やワクチン接種がMERS-CoV感染や重症度を低減させた、あるいはその逆にMERS-CoVへの感染がSARS-CoV-2に対する影響を与えた可能性があるなど、交差防御の仮説も提唱されていますが、さらなる調査が必要です。
MERS-CoVに対する特異的なワクチンや治療方法はありませんが、様々な研究開発が実施されています。治療は依然として支持療法であり、重症度に応じた症状の管理に重点を置いています。

公衆衛生上の取り組み

医療現場に関連した2つの症例を除き、保健省は新たな二次感染を確認していません。呼吸器症状を有する患者の早期発見を可能にするため、当該病院では呼吸器疾患のトリアージが実施されています。さらに、症例の早期発見を確実にするため、すべての医療・介護従事者を対象に、症例定義に関する包括的な再教育が開始されました。

WHOによるリスク評価

これら4症例の届出によりWHOの総合的なリスク評価が変わることはありません。WHOはMERS-CoV感染症例が中東およびMERS-CoVがヒトコブラクダ間で循環している国から、引き続き報告されると予測しています。また、ヒトコブラクダやその関連製品との接触(ラクダの生乳の摂取など)や医療現場でウイルスに曝露された人を介して、他国へ症例が輸出されることも続くことが想定されます。WHOは引き続き疫学的状況をモニタリングし、入手可能な最新情報に基づいてリスク評価を実施します。

WHOからのアドバイス

現在の状況と入手可能な情報に基づき、WHOは、MERS-CoVを含む急性呼吸器感染症についてすべての加盟国による強力なサーベイランスの重要性を再度強調し、異常があれば慎重に調査・検討することを求めています。
医療現場におけるMERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、MERS-CoV感染の徴候や症状の発見の遅れ、疑い症例のトリアージの遅れ、感染予防管理対策の実施の遅れと関連しています。感染予防管理対策は、医療施設内でMERS-CoVが人々の間に広がることを防ぐために重要です。医療・介護従事者は、医療現場で患者と接する際には常に新たな呼吸器症状出現のリスク評価を含めて、標準予防策を一貫して適用すべきです。
急性呼吸器感染症の症状がある患者をケアする際には、標準予防策に加えて飛沫予防策も講じるべきです。MERS-CoV感染の可能性が高い、または確認された症例をケアする際には、専用の医療器具を備えた個室に患者を収容し、清潔な非滅菌ガウン、手袋、眼の防護具、密着性の高い医療用マスクなどの個人防護具を使用する接触予防策および飛沫予防策を標準予防策に追加すべきです。また、患者の病室は患者1人あたり毎秒60リットル以上の換気量(または1時間に6回の換気)を満たすことが望ましいとされています。さらに、エアロゾルを発生させる処置を行う際、またはエアロゾルを発生させる処置が行われる環境では、毎秒160リットル以上の換気量(1時間に12回の換気)を満たす処置室を使用するなど、空気感染予防策を適用すべきです。MERS-CoVのヒトからヒトへの感染は、早期発見、症例の管理と隔離、接触者の隔離、医療現場における適切な感染予防管理対策)、公衆衛生意識の向上により防ぐことができます。
MERS-CoVは、糖尿病、腎不全、慢性肺疾患、免疫不全者などの基礎疾患を持つ人ほど重症化しやすいと考えられています。したがって、このような基礎疾患を持つ人は、ウイルスが循環している可能性のある農場、市場、または畜舎地域を訪れる際には、動物、特にヒトコブラクダとの濃厚接触を避けるべきです。動物に触れる前後には、石鹸と水による定期的な手洗いやアルコールベースの手指消毒など、一般的な衛生対策に従い、病気の動物との接触は避けるべきです。
食品衛生を守ることも重要です。ラクダの生乳を飲む、ラクダの尿と接触する、十分に加熱調理されていないラクダの肉を食べたりすることは避けるべきです。生または未調理の乳や肉を含む動物性食品の摂取は、人に病気を引き起こす可能性のある病原体に感染するリスクが高いと考えられます。加熱調理や低温殺菌によって適切に処理された動物性食品は、摂取しても安全です。これらの処理された食品は、未調理または安全でない食品と接触して交差汚染を避けるため、取り扱いに注意する必要があります。ラクダの肉やミルクは栄養価の高い製品であり、調理、低温殺菌、その他の熱処理後は、引き続き摂取することができます。
WHOは、この発生事象に関して、入国地での特別なスクリーニングを勧めておらず、現在のところ、いかなる渡航や貿易の制限の適用も推奨していません。

出典

World Health Organization(13 March 2025)Disease Outbreak News; Middle East respiratory syndrome coronavirus - Kingdom of Saudi Arabia
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2025-DON560

海外へ渡航される皆様へ

MERSは、コロナウイルス科ベータコロナウイルス属の一種であるMERS-CoVによって引き起こされる感染症で、主に中東地域で発生が確認されています。特にヒトコブラクダがウイルスの保有宿主とされており、ヒトコブラクダなどの感染動物やその体液に接触することで感染することが多いとされています。また、感染したヒトとの濃厚接触でも感染することがあります。発病すると、発熱、咳、息切れなどの症状が現れ、重症化すると肺炎、腎不全を引き起こすことがあります。渡航の前にFORTHウェブサイトで訪問先の国の感染症流行情報を確認し、MERSが発生している国へ旅行される際には、以下の点にご注意ください。

1.衛生管理
  • 咳やくしゃみ、発熱などMERSを疑う症状のある人との接触はできる限り避けましょう。
  • 農場や市場、畜舎を訪れる際には、動物(特にヒトコブラクダ)との濃厚接触をできる限り避けましょう。
  • 症状のある人や動物に触れる際や触れた後には、必ず石鹸と水で手を洗い、アルコールベースの手指消毒剤を使用しましょう。
  • 病気の動物との接触は避けましょう。

2.食品安全
  • ラクダの生乳を飲んだり、尿に触れたり、十分に加熱調理されていない肉を摂取したりすることは控えましょう。
   
3.渡航中・渡航後の健康管理
  • 発生国からの帰国時に発熱や咳などの呼吸器症状がある方や、MERSが疑われる患者またはラクダに接触したと思われる方は、検疫所の担当者に相談してください。
  • 渡航中・渡航後の体調の変化に注意し、発熱や咳などの呼吸器症状がある場合は、すぐに医療機関に相談し、海外渡航歴、患者や動物との接触歴を含め、MERS-CoV感染のリスクについて医師に伝えてください。

備考

厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成。
 
For translations: “This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “Middle East respiratory syndrome coronavirus - Kingdom of Saudi Arabia. Geneva: World Health Organization; 2025. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO” shall be the binding and authentic edition”.
For adaptations: “This is an adaptation of an original work “Middle East respiratory syndrome coronavirus - Kingdom of Saudi Arabia“. Geneva: World Health Organization (WHO); 2025. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition”.