鳥インフルエンザA(H5N2)ーメキシコ

状況概要

メキシコの保健当局によるさらなる調査と情報共有を受け、2024年6月5日に発表された鳥インフルエンザA(H5N2)によるヒト感染に関するDisease Outbreak News (DON)を更新します。既報の通り、2024年5月23日、メキシコの国際保健規則(IHR)担当部局(NFP ; National Focal Point)は、PAHO; Pan American Health Organization /WHOに対し、基礎疾患を有し、その後に死亡した患者における鳥インフルエンザA(H5N2)ウイルスによるヒト感染の確定症例を報告しました。この症例は、世界的に報告された初のインフルエンザA(H5N2)ウイルスのヒト感染例であり、メキシコで報告された初の鳥インフルエンザA(H5)ウイルスのヒト感染例でした。この症例におけるウイルスへの曝露源は現在のところ不明ですが、メキシコでは家きん類からインフルエンザA(H5N2)ウイルスが報告されています。メキシコの保健当局は、6月6日、国の専門家グループが、患者は基礎疾患に関連した合併症のために死亡したと判断したこと、また、国の保健当局が行った遺伝子解析の結果、このウイルスは2024年にメキシコ州のテスココの鳥類で得られた株と99%の相同性があることが確認されたことをWHOに報告しました。現在入手可能な情報に基づき、WHOのリスク評価に変更はありません。すなわち、このウイルスが一般住民にもたらすリスクは現段階では低いままにされています。今後、疫学的あるいはウイルス学的な情報が得られた場合には、リスク評価は見直される予定です。

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発生の詳細

前回のDON(Human infection caused by avian Influenza A(H5N2)- Mexico (who.int)鳥インフルエンザA(H5N2)-メキシコ (forth.go.jp))でまとめているとおり、2024年5月23日、メキシコのIHR NFPは、メキシコシティで2024年4月24日に入院したメキシコ州在住の59歳の男性において、鳥インフルエンザA(H5N2)ウイルスへの感染が検査確定されたことをPAHO/WHOに報告しました。この症例は、家きんやその他の動物への曝露歴はありませんでしたが、複数の基礎疾患がありました。患者の親族の報告によると、急性症状が現れる前の3週間、別の理由で寝たきりの状態であったとのことです。5月22日、検体から採取されたウイルスの遺伝子配列が国家の保健当局により検査され、インフルエンザの亜型はA(H5N2)であることが確認されました。国家機関による遺伝子解析の結果、このウイルスは、2024年にメキシコ州のテスココの鳥類から得られた低病原性鳥インフルエンザA/chicken/Texcoco, México/CPA-01654/2024(H5N2)株と99%の相同性があることが確認されました。この患者検体から得られた詳細なH5N2ウイルスの遺伝子配列はGISAID(GISAID - gisaid.org)にアップロードされました。
 
死因を調査するため、感染症専門医、呼吸器専門医、微生物学者、集中治療従事者を含む、国の学際的専門家グループが結成されました。患者の病歴を検討した結果、6月6日、国の専門家グループは、患者は検査により鳥インフルエンザA(H5N2)ウイルスの感染が確定されたものの、基礎疾患に関連した合併症により死亡したと結論づけました。
 
疫学調査中、これ以外の症例は報告されませんでした。この男性が死亡した病院で特定され、健康観察下にあった17人の接触者と、彼の自宅付近で接触した12人の接触者について検査を行った結果、インフルエンザウイルスは陰性でした。これらの人々の検体は、インフルエンザA(H5N2)感染が確認された患者の症状発症の1ヵ月後に採取されました。血清学的検査については実施中です。
 
2024年3月、メキシコ州のテスココの家きんで低病原性鳥インフルエンザ(LPAI ; low pathogenicity avian influenza)A(H5N2)の発生が確認され、4月には同州のテマスカラパでLPAI A(H5N2)の2回目の発生が確認されました(1)。
 
さらに2024年3月には、ミチョアカン州の裏庭養鶏場で高病原性鳥インフルエンザ(HPAI ; high pathogenicity avian influenza)A(H5N2)の集団発生が検出されました。メキシコにおける低病原性鳥インフルエンザA(H5N2)ウイルスの継続的な循環と他の数カ国への拡散を報告する研究が2022年に発表されており(2)、メキシコでは最近および過去数年間に、LPAIとHPAI A(H5)の両方の亜型が鳥類で報告されていることが示されました。

動物インフルエンザAウイルスの疫学

動物インフルエンザウイルスは通常、動物の間で流行していますが、ヒトにも感染することがあります。ヒトへの感染は主に、感染した動物や汚染された環境との直接的な接触によって起こります。元の宿主によって、動物インフルエンザAウイルスは鳥インフルエンザウイルス、豚インフルエンザウイルス、その他の動物インフルエンザウイルスに分類されます。
 
ヒトにおける鳥インフルエンザウイルス感染は、軽度から重度の気道感染を引き起こし、合併症の有無にかかわらず、死亡例も報告されています。呼吸器感染のほかに結膜炎、胃腸症状、脳炎、脳症も報告されています。
 
ヒトのインフルエンザ感染を診断するには、臨床検査が必要です。WHOは、分子生物学的手法、例えばRT-PCRを用いた動物インフルエンザの検出に関する技術ガイダンス指針を定期的に更新しています。いくつかの抗ウイルス薬、特にノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)は、ウイルスの増殖を抑え、一部の症例では治療により生存率を上げることが示唆されています。

公衆衛生上の取り組み

地方および国の保健当局は、以下の公衆衛生対策を実施していると報告しています:
  • 感染源の調査の継続
  • 死因究明のための専門家グループの結成。同グループは保健省の専門家で構成: 国立疾病予防・管理センター(CENAPRECE;Coordinadora de Institutos Nacionales de Salud y Hospitales de Alta Especialidad)の国立健康・高度専門病院調整委員会(CCINSHAE;Centro Nacional de Programas Preventivos y Control de Enfermedades); 健康情報総局(DGIS;Dirección General de Información en Salud)、疫学総局(DGE-InDRE;Dirección General de Epidemiología)、健康促進総局(DGPS;Dirección General de Promoción de la Salud)、国家防衛省(SEDENA;Secretarías de la Defensa Nacional)、メキシコ海軍省(SEMAR;Secretaría de Marina Armada de México)、メキシコ社会保障研究所(Instituto Mexicano del Seguro Social)
  • 多部門にまたがるアプローチによる国家的調査および行動の最新情報、ならびに一般的な情報および国民への勧告を含む公式情報の情報メディアでの発表
 
以下の活動は既に報告されています:
  • 患者と接触者の疫学調査
  • 患者と接触歴のある医療従事者の健康観察
  • 近隣市町村(同じ保健区域内)におけるインフルエンザ様呼吸器疾患(ILI ; influenza-like respiratory illness)及び重症急性呼吸器疾患(SARI ; severe acute respiratory illnes)のモニタリングとサーベイランス
  • メキシコシティとメキシコ州の保健サービスによる肺炎、気管支肺炎、急性呼吸器感染症、結膜炎の傾向の分析
  • 患者が居住する自治体、メキシコ州及び周辺地域における感染連鎖とリスク因子の特定
  • 動物と人間の接点で発生するアウトブレイクや人獣共通インフルエンザに対する準備、予防、対応のための国における指針に関するトレーニング
  • 患者の居住地付近や低病原性鳥インフルエンザA(H5N2)の発生歴のある地域の家きん類及び野鳥のサーベイランス活動を強化するための、動物衛生及び環境衛生当局との連絡
 
PAHO/WHOは以下の対策を実施しました:
  • WHO協力センター及び戦略的パートナーとの協力による、ヒトと動物の接点における日常的及び事象サーベイランスの強化
  • 知識の移転、研修、技術支援を通じた鳥インフルエンザA(H5N1)を中心とした人獣共通感染症検出のための分子診断能力の向上
  • WHO協力センターにヒトや動物のサンプルを迅速に発送し、追加的な特性解析やワクチン組成の分析を行うための国内能力の強化
  • 人獣共通感染症ウイルスの感染性と重症度に関する定期的なリスク評価
  • ヒトと動物の接点におけるインフルエンザのサーベイランスと対応に関するガイドラインの更新
  • 人獣共通感染症の集団発生を経験した国々から得られた教訓と対応に関する経験の見直し
  • ヒトと動物の接触により発生した事象に対するリスクコミュニケーション能力の技術的強化
  • 人獣共通感染症の治療に関する臨床管理トレーニング、感染予防と管理(IPC)、保健サービスの再編成
  • IPCの技術的側面を含む、動物の死体処理に関する研修
  • サーベイランス、早期発見、ヒトと動物の接点における研究において、セクター間の作業を強化するための勧告の発表

WHOによるリスク評価

この新しい情報は、WHOのリスク評価を変更するものではありません。この症例は、世界的に報告された初のインフルエンザA(H5N2)ウイルスのヒト感染例であり、メキシコで報告された初の鳥インフルエンザA(H5)ウイルスのヒト感染例です。この症例は複数の基礎疾患を有しており、曝露源は確定されていませんが、メキシコ当局による遺伝子解析の結果、この患者から採取されたウイルスは、メキシコ州テスココで2024年に鳥類から採取された株と99%の相同性を有していることが確認されました。
鳥インフルエンザウイルスが家きん類で循環しているときはいつでも、感染した家きん類や汚染された環境に曝露されることによる感染の危険性があり、ヒトでの小規模な集団発生が起こる可能性があります。従って、散発的なヒト感染例は想定範囲内と考えられます。 またA(H5N1)、A(H5N6)、A(H5N8)を含む他のA(H5)亜型ウイルスによるヒト感染例が過去に報告されています。疫学的及びウイルス学的エビデンスによれば、過去に発生したA(H5)ウイルスはヒト間で継続的に感染を繰り返す能力を獲得していないため、ヒトからヒトへの持続的感染拡大の可能性は低いと考えられます。現時点では、今回のメキシコのA(H5N2)ウイルス感染事例に関連したヒトへのさらなる感染例は報告されていません。インフルエンザA(H5)ウイルスのヒトへの感染を予防する特異的なワクチンはありません。しかし、パンデミック対策として、A(H5)ウイルスのヒトへの感染を予防するワクチンの候補は選定されています。関連するリスクを評価し、リスク管理対策を適時に調整するためには、疫学的状況を綿密に分析し、(ヒト及び鳥類における)最新のウイルスがどのようなウイルス学的特徴を持つかを認識し、血清学的調査を行うことが重要です。
現時点の情報に基づいて、WHOはこのウイルスが一般の人にもたらすリスクは低いと評価しています。必要に応じて、地域の動物集団で検出されたA(H5N2)ウイルスに関する情報を含む、さらなる疫学的又はウイルス学的情報が入手可能になった場合には、リスク評価が再度行われます。

WHOからのアドバイス

本症例および今回の情報更新による、現在のWHOの公衆衛生対策とインフルエンザのサーベイランスに関する勧告の変更はありません。
 
インフルエンザウイルスの絶え間ない変異を考慮し、WHOは引き続き、ヒトや動物の健康に影響を及ぼす可能性のある新興又は既に流行しているインフルエンザウイルスに関連するウイルス学的、疫学的、臨床的変化を検出・モニタリングするための世界的なサーベイランスと、リスク評価のための迅速なウイルス共有の重要性を強調しています。
家きん、野鳥、その他の動物で発生が確認されているA型インフルエンザウイルスにヒトが曝露された場合、又はそのようなウイルスにヒトが感染した症例が確認された場合、曝露される可能性のあるヒト集団におけるサーベイランスの強化が必要となります。サーベイランスを強化する際には、集団の医療受診行動を考慮する必要があります。これには、地域のARI ; acute respiratory illness/ILI/SARIシステムにおけるサーベイランスの強化、病院や職業上曝露リスクが高いと思われる集団における積極的なスクリーニング、伝統的な治療者、民間開業医、民間検査機関などの他の情報源の取り込みなど、様々な能動的・受動的な医療及び/又は地域ベースのアプローチが含まれます。
鳥インフルエンザウイルスを含む、パンデミックを引き起こす可能性を持つ新型インフルエンザAウイルスによるヒトへの感染が確認された、又は疑われた場合、動物への曝露歴や旅行歴の徹底的な疫学調査(検査室での確定結果を待つ間でも)を、接触者の追跡調査とともに行うべきです。疫学調査には、新型ウイルスのヒトからヒトへの感染を示唆するような異常事態の早期発見も含まれるべきです。ヒトへの感染が疑われる症例から採取された臨床検体は、検査後、WHO協力センターに送られ、さらに詳細な検査が行われるべきです。
動物インフルエンザの発生が確認されている国への旅行者は、農場、生きた動物を取り扱う市場での動物との接触、動物がと殺される可能性のある場所への立ち入り、動物の糞便で汚染された可能性のあるところとの接触を避けるべきです。また、旅行者は石鹸と水で頻繁に手を洗うべきです。旅行者は、食品の安全性と食品衛生に関する正しい習慣を守るべきです。感染地域からの感染者が他国に渡航した場合、渡航中又は帰国後に他国で感染が検出される可能性があります。しかし、この場合、ウイルスはヒトの間で容易に感染する能力を獲得していないため、地域レベルでのさらなる拡大は考えにくいと考えられます。
IHR(2005年)の締約国は、パンデミックを引き起こす可能性のある新型インフルエンザウイルスのヒトへの感染が検査機関において確認された場合、直ちにWHOに通知することが求められています。この届出には、発病の有無の確認は必要ありません。
また、WHOは、ヒトと動物の接点におけるインフルエンザウイルスの現状から、入国地点での特別な渡航者向けのスクリーニングやその他の制限を行うことは勧めていません。

出典

World Health Organization (14 June 2024). Disease Outbreak News; Avian Influenza A(H5N2) – Mexico
https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2024-DON524


海外へ渡航される皆様へ

現在、動物の間で流行が見られる鳥インフルエンザウイルスについては、ヒトからヒトへ容易に感染する能力を獲得していないと考えられています。しかし、感染した動物との接触により鳥インフルエンザに感染した事例は各地で報告されています。
鳥インフルエンザウイルスに対するヒト用ワクチンは一般的に使用されていません。そのため、感染リスクのある場所や物、動物との接触を避けることが最も効果的な予防法です。FORTHウェブサイトで訪問先の国の感染症流行情報を確認し、鳥インフルエンザが発生している国へ旅行される際には、以下の点にご注意ください。

動物との接触を避ける

●養鶏場、鳥の羽をむしるなどの処理をしているところ、生きた動物を売買している市場に不用意に近づかないようにしましょう。

●弱った鳥や死んだ鳥にさわったり、鳥のフンが舞い上がっている場所で、ホコリを吸い込んだりしないようにしましょう。

手洗いの徹底

●渡航期間中、日常的に流水、石鹸で手を洗うなど、基本的な感染症予防を心がけましょう。

帰国後の留意点

●発生国からの帰国時に発熱やせきがある方、鳥インフルエンザに感染した動物(死んだ動物を含む)や患者に接触したと思われる方は、検疫所の担当者に相談してください。

●動物で鳥インフルエンザの発生がみられる地域から帰国された場合、帰国後10日間は、発熱や咳や痰などの呼吸器症状に注意を払いましょう。症状がみられる場合は、医療機関受診時に、海外渡航歴及び動物との接触歴を伝えてください。

これらの対策を徹底し、安全と健康に留意して渡航しましょう。

備考

厚生労働省委託事業「国際感染症危機管理対応人材育成・派遣事業」にて翻訳・メッセージ原案を作成。
 
For translations: “This translation was not created by the World Health Organization (WHO). WHO is not responsible for the content or accuracy of this translation. The original English edition “[Title]. Geneva: World Health Organization; [Year]. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO” shall be the binding and authentic edition”.
For adaptations: “This is an adaptation of an original work “[Title]. Geneva: World Health Organization (WHO); [Year]. Licence: CC BY-NC-SA 3.0 IGO”. This adaptation was not created by WHO. WHO is not responsible for the content or accuracy of this adaptation. The original edition shall be the binding and authentic edition”.

引用

 

  • 1. World Organization for Animal Health. Mexico- Influenza A viruses of high pathogenicity (Inf. with) (non-poultry including wild birds) (2017-) - Immediate notification. Paris: WOAH; 2024 [cited 23 May2024]. Available from: https://wahis.woah.org/#/in-review/5616?fromPage=event-dashboard-url(link is external)
  • 2. Youk S, Leyson CM, Parris DJ, Kariithi HM, Suarez DL, Pantin-Jackwood MJ. Phylogenetic analysis, molecular changes, and adaptation to chickens of Mexican lineage H5N2 low-pathogenic avian influenza viruses from 1994 to 2019. Transbound Emerg Dis. 2022 Sep;69(5):e1445-e1459. doi: 10.1111/tbed.14476. Epub 2022 Mar 4. PMID: 35150205; PMCID: PMC9365891.