海外勤務健康管理センター
検査や治療は誰が決める?
Japan Overseas Health Adiministration Center日本語の「診察」は「問診、打診、聴診等」の意味しかありません。 しかし英語のコンサルテーション(consultation)の意味は、to seek information or advice from a physician (Oxford), In a specific patient, diagnosis and proposed treatment by two or more health care workers at one time. ( Taber's Medical Dictionary ) と記載されています。「患者が、診断・治療に関するさまざまな説明を受けること」を意味するようです。
診察の環境
本来、診断・治療に関する最終決定権は患者にあります(患者の自己決定権)。 海外で自由診療を受ける場合、患者にとって治療法選択の余地は相当にあります。 この中から、適当な選択肢を選ぶプロセスが診察 consultation なのです。 しかし患者に治療法選択の自由を許すと、保険医療は成立しません。 保険医療は、患者を機械的に診断して、機械的に治療することを求めます。
日本の保険診療 | 海外の自由診療 | |
---|---|---|
契約関係 | 保険組合 vs 医療機関 | 患者 vs 医師 |
処置を受ける人 | 疾病または負傷を受けた被保険者(健康人は含まない) | 診療を申し込んだ人(健康人を含む) |
処置の選択 | 保険点数表に記載された処置 | 患者と医師が話し合って選択 |
処置開始の前提条件 | 医師の診断(予防目的の処置は不可) | 合意書の作成 |
医療費の計算 | 保険点数表に従って計算 | 医療機関が自由に設定できる |
医療費の負担 | 主として、保険組合が負担 | 処置を受けた人(患者)が負担 |
海外での自由診療(納得のゆく医療)
開業医で自費診療を受けることができるのは裕福な患者に限定され、 開業医は患者の診察に十分な時間をとることができます。 こういった条件下では、患者と医師が治療を選択できる余地が相当にあります。 患者と医師以外の第三者(行政など)は医療に介入しないのが原則です。
- 医師は、患者の病状や検査結果を解説し、治療法の選択肢を提示する。
- 医師は、それぞれの選択肢に関して、その効果や副作用の危険性を説明する。
- 患者は、こういったアドバイスをもとに治療法を選ぶ。
治療をめぐるトラブルで民事訴訟となった場合、医師の説明義務が問われます。
- 患者が望んだからといって、医師は不適切な治療を進めてはならない。患者に対し、医学的見地から適切な助言を与える義務がある。
- 患者と医師の意見が一致しない場合、互いに納得できるまで話し合う。合意に達したら、医師は患者に同意書(契約書)への署名を求める。
といった形で診療が行われます。 日本人の患者、特にお年の方は、「医師の前で沈黙を守る」ことを美徳とされているようです。 しかし海外では、患者が黙ったままだと、治療がいっこうにすすみません。 質問や希望があれば、躊躇せず医師に申し出て下さい。
海外の公的医療(施しとしての医療)
公立病院は貧困層の救済や重病患者の診療を目的としており、公的医療保険や政府援助などで賄われています。 そこは、患者で混み合っており、「納得のゆく治療」ができない場所です。 そこでは、「患者の希望をかなえるサービス」ではなく、「病気に対する機械的処置」が行われます。
- 患者数が多いので、医師は一人一人の患者と十分に話し合う時間がない。
- 主な訴えだけを聞いて機械的に検査を行なう(検査メニューが限定されている)。
- 検査結果を見て、機械的に診断する(若い医師にとってはトレーニングの場)。
- 診断がついたら、機械的に治療を開始する(治療メニューも限定されている)。
公立病院の一般外来と開業医では、診察に以下のような違いがあります。
開業医 | 公立病院の一般外来 | |
---|---|---|
診察料 | 一般に高い | 無料~安い |
患者数 | 少ない | 多い |
患者への説明 | 十分な時間をとる | 十分な時間がとれない |
検査 | 患者が納得する検査を実施 | 一律最低限の検査 |
投薬 | 患者が必要とする薬を処方 | 一律最低限の薬 |
日本の医療(平等な医療)
日本の医療は、
- 公立あるいは準公立の総合病院が担う部分が大きい。
- 国民皆保険のため、公的保険(健康保険)による診療が一般的。
といった特徴があり、世界でも稀な「平等な医療」となっています。 治療を決定するのは「保険組合と病院の約束」で、患者にも医師にも決定権はありません。 自費診療でさえ、法律や認可行政によって、治療の選択肢が制限されます。
- 時間的余裕
- 大病院は、いわゆる「三時間待ちの三分診療」と言われる状態です。 患者の希望を聞くことは困難です。 この点、開業医や小さな病院の方が良い環境です。
- 医師法
- 例えば、海外で広く行われている「抗マラリア剤の予防投薬」は無診察治療に該当し違法とされます。 厚生大臣の指示というのも問題になります。
- 薬剤の選択肢
- 厚生省が認可していないものは、国内で製造・販売できません(薬事法)。 認可薬剤でも、保険点数切り下げによって、採算が合わなくなって、市場から消滅します(保険制度)。 WHOの必須医薬品の中にも、国内では入手できないものが多数あります。
- 薬剤の投与量
- 診療の実態を無視して、行政や保険制度が投与量の上限を決めています。 例えば、ランブル鞭毛虫症の治療に使える認可薬はメトロニダゾールしかありません。 教科書にはこれを一日750mgを1週間投与するとあります。 しかし、能書には一日250mgまでと規定されています。 また、海外勤務者に投薬する場合、船員保険なら180日分まで処方可能ですが、社会保険では30日が上限といった制約もあります。
日本の総合病院を、海外の病院と比べると
- 閉鎖型である。患者にとって手続きは簡便。反面、医療の透明性に欠ける。
- 一般外来がなく、専門外来に患者が溢れている。応招義務が課せられているため、患者を拒めない。
- 診察時間が短い点は同じだが、画一的に行われる検査や治療の数が多く質も高い。
といった点が異なります。
検査・処方の傾向
海外でも、開業医と勤務医では診察形態が違います。
開業医 | 公立病院の一般外来 | |
---|---|---|
診察料 | 一般に高い | 無料~安い |
患者数 | 少ない | 多い |
患者への説明 | 十分な時間をとる | 十分な時間がとれない |
検査 | 患者が納得する検査を実施 | 一律最低限の検査 |
投薬 | 患者が必要とする薬を処方 | 一律最低限の薬 |
日本の医療は海外の公的医療に準じます。ただし、
- 病院に雇われた医師が患者を診察し、院内での検査依頼や薬剤処方を行なう。
- 診療報酬は出来高払いとなっているため、検査や投薬が病院の収入につながる。
- 保険で許された検査や投薬なら、患者への負担は少ない。
といった背景から「一律最低限の検査と処方」が高水準になっています。
検査
日本では検査と診察が一体化しており、検査なくして診療が成立しない状態です。
- 十分に患者の訴えを聞く時間がない。誤診を避けるために、客観的根拠が必要。
- 日常的な検査は自動化されており迅速に結果が出る。これは当日の処方に反映される。
- 診療報酬は出来高払い → 検査をすれば病院の収入になる。
しかし海外では、診察と検査は独立しています。
- 医師は、患者の訴えを聞いた上で、検査が必要と判断したら患者に勧めます。一般的な検査だからという理由だけで勧めるようなことはしません。患者の経済状態にもよりますが、「患者が納得する検査」を勧めるのが原則です。
- 医師は、患者にアドバイスを行うのが仕事です。検査は検査室の仕事です。医師が検査を勧めても利益になることはありません。患者の負担になるだけです。
- 検査を依頼しても、すぐに結果が返ってくるような体制になっていません。当日の処方を決めるために、検査結果をあてにすることはできないのが通常です。
「心配だからもっと検査をして欲しい」と思ったら、その旨を医師に伝えて下さい。
処方
日本でも一応、医薬分業(医師は処方箋を書く、薬局は処方箋と交換に薬品を渡す)が行われています。しかし、院内処方が認められており、医師の処方が病院の収入となります。
- 国が薬剤の安全性を保証しているので、副作用が問題となることは少ない。
- 患者の相談にのる時間がないので、せめて薬くらいは出してあげようという気になる。
- 診療報酬は出来高払い → 薬を出せば病院の収入になる。
処方にあたては、予防投薬の禁止や保険適応など様々な制約があります。 日本の医師は、制度上許される範囲内で、薬剤を大目に処方する傾向があります。
一方、海外の医師は裁量権が大きく、基本的に患者の希望を尊重します。
- 患者が黙っていれば、患者の経済負担を考え、必要最小限の薬を出します。 「痛み止めの薬が欲しい」と思ったら、その旨を医師に伝えて下さい。 患者が希望すれば、予防投薬も行ってくれます。
- 裁量権と同時に処方の責任も重いので慎重です。安全性が高い歴史のある薬を好みます。 薬局に置かれている薬もこういったものが多いようです。わが国では、こういった薬が保険点数切り下げによって市場から消滅している場合があります。常用薬がある場合、類似薬のファーストブランドの名前を調べておくとよいでしょう。これを知っていれば、外国で同等薬を探してもらうのも簡単です。
Q&Aの回答
Q.医師にどの治療法にしますかと質問され、不安になりました。
海外の医師は、患者が納得することを重視します。 患者に治療法の選択肢を提示し、患者の意志を問う医師は良い医師です。心配はありません。 診療を円滑にすすめるため、治療に関する希望を言って下さい。
Q.看護婦が不親切です。
わが国の医師は患者に治療法を十分説明する時間がありません。 このため、患者が看護婦に薬についてたずねる光景を目にすることがあります。 しかし本来は
- 事故(副作用など)が発生した場合の責任は、製薬会社、処方医、与薬した薬剤師にあります。医師あるいは薬剤師にたずねるべきです。
- 看護婦の仕事は看護(患者の世話をすること)です。治療を行ってはなりません。
看護婦が治療内容に言及するのは「親切」ではありません。「無責任」です。 海外の看護婦は、「私の仕事ではない」と答えるはずです。
Q.医師がほとんど検査をしません。この国には血液検査やレントゲンの設備もないのでしょうか?
途上国の農村部では、一人の患者が支払える医療費は数ドル(US)です。 こういった地域では満足な検査も行えません。
しかし都市部ならある程度の医療費は払える人も住んでいます。外国人が利用している医療機関なら、通常の検査は可能なはずです。 医師が、検査は不要と判断しただけでしょう。 検査に関して納得できない点があれば医師にご相談下さい。
Q.風邪で受診しましたが薬をくれません。薬局に薬がないという噂もあります。
世界には、治療に必要な薬剤が入手できない地域も存在します。
しかし日本人が受診する医療機関なら、このようなことはまずないはずです。 医師が薬は不要と判断したのでしょう。 薬に関して納得できない点があれば医師にご相談下さい。
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