海外勤務健康管理センター
政府は医療に介入しない
Japan Overseas Health Adiministration Center
「自分の健康は自分で管理する」のが世界の常識です。
- 予防から治療まで、自分の健康は自分で管理する。予防目的でも医師に相談する。
- 子供の健康は親が管理する。一定年齢に達したら、医師に相談して予防接種を受けさせる。
- 病気に備えて医療保険に加入する。契約、保険料納入、支払った医療費の請求、全て自分でする。
- 治療は医師が患者のために行うもので、政府は患者の選択権を狭めるような規制はしない
ところが、日本の政府は医療機関や企業にさまざまな指導や規制を行なっています。国民のためを思ってのことでしょうが、結果として国民は「おんぶにだっこ」で、国民の健康管理意識は著しく低下しています。
医療に対する規制
政府は医療に介入しないのが原則とはいっても、どこの国でも医師の免許がなければ医療行為はできません。 そして、どこの国でも医療には多少の法的規制と公的援助が行われています。
- 医療行為は本質的に傷害行為と類似であるため、一定の歯止めが必要である。
- 医療は病気に苦しむ患者を救う使命を担っており、これが荒廃すると社会全体の不安が増大する。
- 伝染病患者の隔離など、場合によっては患者の権利を制限することで、社会の利益を守る役割を担う。
- 社会の規範として、医療の利己的利用(薬物の乱用、犯罪者の顔貌を変える手術など)は望ましくない。
といった社会的判断があるためでしょう。 医療を規定する理念は世界でほぼ共通していますが、その実装(法令、行政、司法判断)は地域によって大きく異なるようです。 とりあえず日本の法律を解説し、海外の状況と照らし合わせてみます。
医療行為を規制する制度
判例(国内)によると「医師の専門的知識をもってするのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれがある行為」です。 正当な医療行為と認められた場合、「患者の健康を害するおそれがある行為」の結果として、「患者の健康を害する事態」に至ったとしても、その結果責任(傷害罪など)を免責されるようです。 正当な医療行為と認められるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。
- 原則として、医師の資格をもった者が行う。→ 医師法
- 原則として、病院、診療所など(医療提供施設)で行う。→ 医療法
- 患者(診療契約を前提とする)の同意・承諾を得ておく必要がある。 → 契約法(民法)
- 一定の医療水準のもとで、患者に益を与えると思われる根拠をもって行う必要がある。
こういった前提で、医療行為および医療は、複数の法律で規制されています。
規制の視点 | 日本の特徴 | |
---|---|---|
刑法 | 医療行為と社会通念の整合 | やや保守的? |
医師法、医療法 | 医療を行う者の資格・義務 | 認可の範疇を越えて、医療の内容に言及 |
健康保険法 | 保険組合と医療機関の関係で医療を規定 | 国民皆保険制度のため、実質的に医療を規定 |
民法 | 患者と医師の契約関係で医療を規定 | 民事訴訟の件数が少なく、原告勝訴は1/3程度 |
海外の医療は、原則として、患者と医師の合意(民法の契約概念)によって成立します。 日本では、各種の法律(医師法など)、通達、警告といった形で、これに行政が介入します。 さらに国民皆保険のため、保険組合と医療機関の契約による制限も加わり、複雑です。
医師の義務
医師は、患者に対して、以下の義務を負います。これらの考え方は世界共通といって良いでしょう。
- 説明義務
- 患者は治療法を選ぶ権利があり、医師は患者に治療法の選択肢を提示する義務があります。 一方で、医師は専門家として十分な説明をする義務もあります。 患者が希望したからといって、不適切な治療法をすすめてはなりません。 専門外の病気なら、専門医の受診をすすめるという選択も考えるべきです。 この概念は世界共通です。
- 注意義務
- 患者の利益のために行われる治療であっても、結果として患者に損害を与えてしまう場合があります。 医師は治療にあたって、患者に必要な指示をし、事故防止のため細心の注意を払う必要があります。 一定水準の注意義務(各種の状況を考慮した上で認定)を怠った場合、医師は医療事故の結果責任を問われます。 この概念も世界共通です。 ただし、医師に対する罰則の考え方が、日本と欧米で大きく異なります。
- 守秘義務
- 患者の病状を把握し十分な説明を行うために行う問診は、その性格上、患者の秘密を聞き出すことになります。 わが国では、刑法第134条に「医師はその業務上取り扱いたる秘密を漏洩してはならない」とあります。 条文化されているか否かは別として、この概念も世界で通用します。
わが国では医師法で医師の義務を条文化していますが、これは行政に対する義務です。 患者に対する義務とは少々性格が違い、海外では通用しないものが含まれます。
- 届出義務
- 医師法第21条には、「異常死体等を検案した場合には届け出る義務がある」とあります。 感染症予防法には、「医師は指定された感染症の患者を診断したときは届け出る義務がある」とあります。海外でも、こういった届け出の義務は行政関係の法律で規定されています。
- 応招義務
- わが国の医師法第19条には「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とあります。 この考え方は海外では通用しません。 さまざまな理由から診察を拒否される事態が発生しています。
- 無診察治療の禁止
- わが国の医師法第20条には「医師は、自ら診察しないで治療をしてはならない」とあります。 海外で広く行われている予防投薬などを禁止するものです。 海外では一般的なものではありません。
- その他、医師法に記載された義務
- 処方箋の交付義務(第22条)、保健指導を行う義務(第23条)、診療録の記載および保有(第24条)の他、 厚生大臣は医師に対して指示をすることができる(第24条の2)といった記載があります。
さらに保険医療機関及び保険医療養担当規則にも保険医の義務と思われる規定があります。これは保険組合と医療機関に対する義務です。
- 診療の一般的指針
- 療養及び指導の基本準則
- 指導
- 転医及び対診
- 施術の同意
- 特殊療法等の禁止
- 使用医薬品
- 診療の具体的指針
- 診療録の記載
- 処方箋の交付
海外の医療は患者と医師の合意を基本とし、政府は医療内容に立ち入らないのが原則です。 わが国の医療行政は、医師や医療を取り締まろうという考え方が顕著です。 結果として、患者の権利がきわめて制限されています。
医師の法的責任
医師が患者に対する義務を怠り、患者に損害をもたらした場合、医師はその責任を問われます。
- 民事責任
-
医療事故では、医師が説明義務や注意義務を怠った結果、患者が損害を受けた可能性が疑われます。
患者は損害賠償を求めることができ、裁判で医師の義務違反と被害の因果関係を争うことになります。
日本では治療の選択に、医療機関、保険組合、政府などが介入しているので、責任関係も複雑です。
欧米 日本 治療法の決定 患者と医師の合意 保険組合、医療機関、政府が関与 医療事故の原因認定 医師の過失 or 患者の過失 医師の過失 or 不可抗力 医師側の責任者 原則として、担当医 病院長の責任が問われる 薬剤による副作用の責任者 原則として、製薬会社と医師 しばしば国の責任が問われる 民事訴訟の件数は少なく、患者側が勝訴する率も低いのが現状です。
- 刑事罰
- 医師が患者に対する義務を怠り、患者に被害をもたらした場合、正当な医療行為と認められず、刑事罰(傷害罪など)が下る可能性があります。保険医が健康保険の規則に違反した場合、詐欺罪に問われる可能性もあります。ここまではよいとして、この前提で「厚生大臣の指示(医師法)に従うよう規定する」のは、近代法治主義の原理(法なくして罰するべからず)に反します。法治国家では考えられないことです。
- 行政罰
- 医師が行政に対する義務を怠った場合、行政罰(免許取り消し等)が下ることがあります。
わが国では「医療はお国が決めるもの」です。患者にも医師にも治療法選択の自由はありません。しかし、欧米では患者と医師の契約が基本で、民事責任がもっぱら問題にされます。海外の医師は、原則として、患者のために医療を行なえば良いのです。
医療に関する各種の制度
わが国では、「政府が各種の制度を設け、国民の健康を管理する」体制になっています。 ありがたい制度ですが、国民の間に「自分の健康は自分で管理する意識」が育たない点が弊害です。 日本の制度を理解した上で、海外では「自分の健康は自分で管理する意識」をもって下さい。
医療保険に関する制度
日本には健康保険法という法律があり、公的医療保険が全国民をカバーするという特殊な体制になっています。
- 勤務者の場合、保険料納入は会社が代行する(給与から天引き)。
- 医療費の請求業務は、医療機関(病院、医院)が代行する。
- 保険制度で診療の詳細を規定し、患者や担当医が治療法を選択する余地を極力制限する。
といった保険医療が行なわれています。 よくできた制度ですが、「日頃からのの健康管理」「医療保険の必要性」「医療に関する契約関係」といった点で、国民を無知にしているという弊害もあります。
海外赴任にあたっては、医療保険に加入しておく必要があります。
予防接種に関する制度
小児の予防接種は主に予防接種法で規定されています。 これは市長村長が行うことになっており、接種対象者に通知が送られます。 しかし、海外赴任に同伴する小児の予防接種は「親の自覚」に委ねられています。
成人の予防接種に関しては、日本でも原則として任意接種です。海外渡航に関しては国際保健規則( International Health Regulations )が問題になることがあります。
健康診断に関する制度
職場の定期健康診断や海外赴任者の健康診断は労働安全衛生規則に規定があります。 海外赴任前後の健康診断の他、海外赴任中も年に1回は健康診断を受けてください。
海外では、「自分の健康管理は自分で行なう」のが原則です。 定期的に健康診断を受けるという習慣はありません。 海外赴任中の定期健康診断については、検査のページをご覧下さい。
Q&Aの回答
Q.海外の学校では予防接種のお知らせが来ません。
日本では子供の予防接種は自治体が管理しており、お知らせが来ます。しかし、海外では「子供の予防接種は親が考えるもの」です。とりあえず、日本で行われている予防接種のスケジュールを把握して、これに準じた時期に予防接種を受けるよう小児科医に相談して下さい。
Q.海外赴任中も定期健康診断は受ける必要があるのでしょうか?
日本の会社と雇用関係が継続しているなら、国内同様に年1回の定期健康診断を受ける必要があります。しかし海外において定期健康診断という制度は一般的ではありません。海外で健康診断を受けるには面倒な手続きを要求される場合があります。
Q: 医療費が高いので驚きました。
日本では、懐具合をあまり気にしないで医療機関を受診できる体制になっています。 日本の健康保険制度は理解されていますか?
- 給与から天引きされる保険料
- 日本人は全員健康保険への加入が義務づけられており、勤務者は社会保険に加入します。 保険料は給料から天引きされ、こうして集められた保険料は保険組合にプールされます。 医療費の大部分(社会保険では80%)は、病院から保険組合に請求されます。
- 本当の治療費は窓口請求額の約5倍
- 日本の病院窓口で支払っているのは治療費ではありません。 本当の治療費は窓口請求額の約5倍です。 これと比べても高額ですか?
- 医療費の価格統制
- 治療の単価は保険点数表で決められています。 このため日本では、どの医療機関を受診しても治療費に大きな差はありません。 しかし、海外では医療機関が自由に治療費を設定できます。 外国人やお金持ちが利用する医療機関、専門治療を行う医療機関では、治療費が高額となります。
海外では医療費は高いのが常識です。 海外赴任にあたっては、何らかの医療保険に加入されるようお勧めします。
Q.事故で大怪我をした友人を病院に運んだら、診療を断られました。こんなことが許されるのでしょうか?
法律上、そのような制度になっている国もあります。
- 例外的ですが、犯罪捜査を患者の救命措置に優先させる国もあります。 この場合、証拠保全措置が済むまで診療を開始することができません。
- 合法的な医療行為の前提として、「患者からの診療申し込み」があります。 これを重視する国では、「意識不明の患者を診察するには法的手続きが必要」とされています。
- わが国の医師法では、「医師の応招義務」を規定しています。 しかし、この規定は海外では一般的ではありません。 患者に意識があり、犯罪とは無関係の場合でも、様々な理由から診療を拒否されることがあります。
困ったものですが、法律なので仕方ありません。
海外の医療Q&Aに戻る。